東太湖の水質と水草

今日は湖州市で、苕溪の河口が南太湖に開く場所を見たあと、東に進み、東太湖の湖岸を2箇所で観察した。
湖州市の苕溪河口では、「太湖大堤」という護岸工事と連動した大規模な湖岸公園建設が進行中である。計画されているのは巨大な観光施設である。工事現場の様子や、工事現場に掲げられた完成予想図を見ると、環境への配慮など微塵もないという印象を持った。沖合には、波を弱め、アオコの進入を防ぐための杭が密に打たれていた。水域がかえって閉鎖的になり、水質にも悪影響があるのではないかと危惧した。
しかし、しばらく東に車で移動してみると、道路沿いの湖岸にはアサザガガブタなどの浮葉植物の群落が発達しており、ダンチク・マコモ・ヤナギ類などからなる湖岸植生も回復途上にあった。沖合には、「水生植物保護区」の看板が見えた。沖合に打たれた杭は、波を弱めるうえで効果的なのかもしれない。護岸された湖岸が波で洗掘されずに、湖岸植生や浮葉植物の群落が回復しているものと思われた。
さらに東に車で移動し、東太湖の湖岸で見た水草群落は、すばらしいものだった。アサザガガブタオニバス・ヒシなどの浮葉植物の群落と、ホザキノフサモ・クロモ・トリゲモ類などの沈水植物群落がおそらく数キロにわたって発達している。湖水は透明度が高い。往来している舟にはうずたかく水草が積まれていた。水草の収穫がいまも行われているため、窒素やリンが有効に除去され、良好な水質が維持されているものと思われる。
車をとめた場所から湖岸までは、エビやカニの養殖池が続いていたが、政府の方針で養殖をしている農民は立ち退くことになっているそうだ。見渡す限りの養殖池がすべて湿地に戻されるのだという。
さらに東に移動し、東太湖に面する漁港を訪問し、舟をチャーターして沖合に出た。この水域にも水草群落が点在しているが、上記の群落に比べれば規模が小さい。水も透明度が低く、湖底はヘドロ化している。ちなみに東太湖の深さは高々2m程度であり、舟で出た沖合でも1m50cm程度のたも網が底に届いた。湖岸から沖合に向けてマコモとハスを植えつけた線上の植生帯が縦横に作られていた。この植生帯は、舟の航路を決定するのに役立っており、またおそらく波消しに役立っているのだろう。
沖合にはあちこちにネットで囲われたシャンハイガニの養殖地があった。浮葉植物の群落は大部分がシャンハイガニの養殖地の中にある。李先生を通じて舟主に尋ねたところ、以前には水草が一面にあったが、シャンハイガニの養殖がさかんになってから減ってしまったのだという。シャンハイガニの養殖のために、水草を採って養殖池に入れるそうだ。
しかし、ここでも政府の方針で環境改善にむけての大胆な措置がとられていた。一時は25万畝(1畝=666平米)あったシャンハイガニの養殖池が、4.5万畝まで減らされたそうだ。舟主の話では水草は増えており、養殖池が減ったからもっと増えるだろうという。
今日の南太湖・東太湖の視察では、落胆と感動が交錯した。この国では、ひとたび決定が下れば、環境破壊も環境保全も力強く進むようだ。湖岸公園建設による環境破壊は悲惨だが、日本でも同じ過ちを繰り返してきた。ここ中国では、保護区をきちんと残しており、大胆な環境修復政策も実行している。高度経済成長時代の日本と同じ過ちを単純に繰り返しているわけではない。
私たちの「太湖プロジェクト」の目標は、水質改善と生物多様性保全を両立させるシナリオを描き、それを支える技術を開発することにある。この方向性自体は、政府の方針とも整合的だと思う。まずは、どこにどのような生物が残っているかを明らかにし、保全の目標を明確化することが重要だろう。そのうえで、目標の実現可能性を示すとともに、複数のシナリオを提示して、政策選択の判断材料を提示することが必要だろう。水草や貝類などの生物が水質浄化に果たす役割(生態系サービス)を明らかにすることは、提案の説得力を高めるだろう。魚類に関しては、資源として利用されており、適切な資源管理が必要である。その前提として、湖岸植生や水草群落と魚類群集との関係を理解することが重要だ。