首相辞任後の動きへの感想

今日は人間ドック。胃カメラ大腸内視鏡検査のための長い待ち時間の間に、待合室の新聞をひととおり読んだ。
毎日新聞岩見隆夫さんが、「近聞遠見」で私と似た意見を書かれていた。
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/iwami/kinbun/

政界も、世論も、無責任批判が圧倒的だが、それは当たらない。病気によるやむを得ない辞任である。しかし、辞任記者会見で正直に病気を告白せず、意味不明の理由を述べたのは、重大なミスだった。

しかし、私が知り得た範囲では、「病気によるやむを得ない辞任」という見解を述べたマスコミ関係者は、岩見さんだけだ。
鹿児島空港から東京に飛び、福岡に戻る間に見聞きしたマスコミの報道は、本当にひどかった。「病院に逃げ込んだ」といった類の非難が堂々と報道されていた。一番ひどいと思ったのは、「登校拒否」にたとえた記事だ。この記事には、「登校拒否」するのは本人が弱いからだという文意があった。弱者を鞭打つ発言である。
故小渕首相のように倒れるのがこわかったのだろうが、口が聞けるうちは倒れるまで職務をまっとうすべきだ、というような意見も報道されていた。病人に死ぬまで働けと言っているようなものだ。たとえ首相であれ、病気になればその治療を最優先すべきである。
内閣法の規定では、「首相に事故がある時、欠けた時」しか首相臨時代理を置けないということを知って驚いた。内閣法のこの規定は、この機会に改正されるべきだ。首相が病気で入院した場合に首相臨時代理を置けないのは、おかしい。
安倍首相の容態に関しては、「機能性胃腸障害」という診断だ。これは内科的には異常がないのに、胃腸の機能に障害が出る症状一般を指す用語で、心因性のものである場合が多い。
慶応義塾大学病院の主治医の記者会見報道には以下のコメントがあった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070913-00000944-san-pol

−−首相の職務を果たすのに支障はあるか
 「普通の読み書き、思考力はあるが、ずっと緊張状態を続けることは少し難しいのではないかと、今日は判断した」
−−周辺に睡眠障害を訴えていたという話もある
 「『眠りが浅い』と言っていた。軽い睡眠誘導剤みたいなものを飲んでもらったこともある」

精神的にかなり追い詰められた状態であることは確かである。
先日、「おそらく(少なくとも軽度の)うつ状態だろう」と書いてしまったが、現在得られている情報だけでは、正確な判断はできないことを明記しておこう。
うつ状態うつ病への社会的理解・受容が不足しているわが国で、私のコメントが悪用されては困る。ウェブ上で、さまざまな憶測・風評がとびかっているが、これは不健全な事態である。
安倍首相の病状に関しては、いずれより正確な情報が公になるだろう。このような場合、正確な情報をきちんと公表することが重要だ。「軽い睡眠誘導剤みたいなもの」というような曖昧なことを医師が言うと、かえっていろいろな憶測を招く。もちろん、プライバシーがからむことなので、首相本人が了解し、医師同席のうえで、本人が説明するべきだろう。
岩見隆夫さんが指摘するように、記者会見で正直に病気を告白しなかったのは、重大なミスだった。この点に関しては、首相の責任が問われる。退院後は、正確な情報を会見で述べていただきたい。それが公人としての責任の取り方だと思う。
首相の病状を知り、事前に辞意を伝えられていながら、適切な対応をとらなかった麻生幹事長の責任は重い。本当に辞めるとは思っていなかったのなら状況判断・危機管理が甘いと思うし、「次は自分が」と考えたのなら、浅はかだ。いずれにせよ、次の首相の芽はないと辞任ニュース直後に思ったが、事態は予想どおりの展開となった。
おそらく次期首相となる福田氏は、靖国神社には参拝しないし、中国・韓国との外交を重視する立場である。このような立場の自民党総理と小沢民主党党首が政策論争を繰り広げるのは、日本の政治にとって好ましいことだと思う。
安倍総理イデオロギーは、あまりにも古すぎた。しばらく前に「美しい国へ」を読んでみたが、これから中国との関係が重要だとわかっていながら、幼少のころからすりこまれた古いイデオロギーが邪魔をして、明快な外交ビジョンを語れないジレンマが読み取れた。安倍政権の崩壊とともに、自民党若手・中堅世代に台頭しつつあった復古的な流れが弱体化した。その意味で、安倍政権は歴史の転換点を作ったのかもしれない。
小沢民主党党首が主張する国連中心主義は、注目に値する。日本の外交がこの方向に動けば、日本は真の意味で戦後レジームから脱却することになるだろうし、国際的にもっと大きな存在感をもつ国になれるだろう。
日本には米軍基地があるが、日本が国連主導の下で国際紛争の解決に貢献するという立場を貫くなら、米軍以外の軍隊が日本に駐留することがあってもよい。たとえば、中国や韓国の軍隊が、日本の基地を利用しても良いはずだ。一見荒唐無稽に思われるかもしれないが、もしこれが実現すれば、日本は世界でもっとも侵略されにくい国になるだろう。小沢民主党党首がそこまで主張するとは思えないが、国連中心主義を追求していけば、日本が米軍だけに基地を提供していることの国際的異常さがいずれ問題になるだろう。
私自身は、日本の基地は順次縮小し、ハト派戦略に徹するのが日本外交の最適解だと思っている。小沢氏の「ふつうの国」路線は、国連主導下でのタカ派路線だろう。自民党の路線は、タカに守ってもらうパラサイト戦略。タカが強いうちは、この戦略は有効だが、中国の成長とともに、米国中心の構図はいずれ崩れると思う。
今後の自民党民主党の論戦において、経済政策に関してはおそらく大きな対立点は生じないだろう。外交政策は、国の将来を左右するので非常に重要な問題なのだが、これまでは復古主義イデオロギーが邪魔をして、まともな論議がされなかった。福田自民党小沢民主党が、「テロ特措法」をめぐって論戦を交わすのは意義深いと思う。
ペシャワール会のウェブサイトに、
「テロ特措法」はアフガン農民の視点で考えてほしい
と題する中村哲さんのコメントがアップロードされた。2007年8月31日付けで毎日新聞に掲載された記事に加筆したものだという。
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/kaiho/nakamuramainiti.html
「外交公約だ」と言われると、約束は守らなければならないと思う人が少なくないかもしれない。しかし、中村さんのコメントをぜひ読んで、よく考えてみてほしい。以下はその抜粋である。

現地は今、過去最悪の状態にある。治安だけではない。2千万人の国民の半分以上が食を満たせずにいる。そもそもアフガン人の8割以上が農民だが、2000年夏から始まった旱魃により、農地の沙漠化が止まらずにいるからだ。
私たちペシャワール会は本来医療団体で、20年以上に亘って病院を運営してきたが、「農村の復興こそ、アフガン再建の基礎」と認識し、今年8月までに井戸1500本を掘り、農業用水路は第一期13kmを竣工、既に千数百町歩を潤しさらに数千町歩の灌漑が目前に迫っている。総工費は9億円、延べ38万人の雇用対策にもなった。そうすると、2万トンの小麦、同量のコメやトウモロコシの生産が保障される。それを耳にした多くの旱魃避難民が村に戻ってきている。
だが、これは例外的だ。(中略)-------。実は、その背景には戦乱と旱魃で疲弊した農村の現実がある。農地なき農民は、難民になるか軍閥や米軍の傭兵になるしか道がないのである。
この現実を無視するように、米英軍の軍事行動は拡大の一途をたどり、誤爆によって連日無辜の民が、生命を落としている。被害民衆の反米感情の高まりに呼応するように、タリバン勢力の面の実効支配が進む。(中略)
日本政府は、アフガンに1000億円以上の復興支援を行っている。と同時にテロ特措法によって「反テロ戦争」という名の戦争支援をも強力に行っているのである。
「殺しながら助ける」支援というものがあり得るのか。(中略)特措法延長で米国同盟軍と見なされれば反日感情に火がつき、アフガンで活動をする私たちの安全が脅かされるのは必至である。繰り返すが、「国際社会」や「日米同盟」という虚構ではなく、最大の被害者であるアフガン農民の視点にたって、テロ特措法の是非を考えていただきたい。