アベノミクスの根拠

  • 10月21日のFacebookタイムラインより転載。

この一週間で、東京に3回出張。いずれも日帰り。機内などで2冊の本を読んだ。1冊目はクルーグマンアベノミクスについて書いた本。ノーベル経済学賞受賞者であるクルーグマンは、1998年に「Japan's trap」という論文を発表して、日本が「流動性の罠」と呼ばれる現象にある可能性を指摘し、もしそうなら、「金融政策を有効にするには、中央銀行が信用できるかたちで無責任になることを約束することだ――説得力あるかたちで、インフレを起こさせちゃうと宣言して、経済が必要としてるマイナスの実質金利を実現することだ」と主張した(http://cruel.org/krugman/japtrapj.html)。 言うまでもなく、アベノミクス(黒田緩和)は、この主張に沿ったものだ。この論文は、発表された当時に話題になったので、上記サイトで翻訳が出たときに読んだ記憶がある。微分方程式による力学系のモデルではなく、静的なモデルで単に平衡点を図解しただけのものだ。本人も、「もちろん、日本は何もしなくたってかまわない。流動性トラップの準静的なIS-LM 版では、不況は永久に続くように見える。でも動的分析をすれば、これが一時的な現象でしかないのがわかる――モデルでは、一時期しか続かない」と認めている。 ところが彼の主張がアベノミクスとして社会実験に移されることになり、クルーグマンはすっかりアベノミクスの虜と化している。そりゃあ、自分のモデルを日本が国をあげて実証しようとしてくれてるわけだから、嬉しいだろうな。その嬉しさいっぱいの本がコレ↓。
ポール・クルーグマン (著)『そして日本経済が世界の希望になる』 (PHP新書)
「その行く末をいま、多くの国が固唾を呑んで見守っている。日本よ、いまこそ立ち上がり、世界経済の新しいモデルとなれ。」という結びから、クルーグマンの興奮が伝わってくる。 自分の仮説の検証に少しでも不利になる対策はとってほしくないから、消費税導入には反対。「日本に対してIMFOECDはしきりに消費増税の実施を要求しているが、いったい何を考えているのか、私には理解できない」とまで言い切っている。 さて、クルーグマンの仮説は本当に妥当か。最大の疑問は、インフレになったら国債の利子もあがるから、国家財政は改善されないのではないか、という点。これには、「おそらく日本国債名目金利は1%以上になるだろう。しかしインフレ率は2%だから、実質金利はマイナスになる」との回答。しかし、どうして日本国債名目金利が2%にならない保証があるのか、本書を読んでも理解できない。 「円安のデメリット」については、「たしかに円安になると、輸入品をはじめとする商品価格が上昇する。国内の消費者は打撃を受けるかもしれない」とあっさり認めている。「しかしさまざまな国の例を分析しても、それが経済を縮小させる効果を生む、と示唆する結果は得られない」という消極的な根拠をもとに、「通貨安には明らかに経済の拡大効果がある」と断言するのは、少なくとも実証科学者がとるべき態度ではないだろう。 全体として、かなり論理に飛躍があり、説得力が高いとは言い難い。もともとのモデルがかなりエイヤであり、日本の状況が彼のモデルの仮定にあてはまるかどうかも疑問だし、そもそも本人が、流動性の罠は一時期しか続かないと認めている。 アベノミクスって、この程度の根拠しかない政策なのね、と理解するためには、必読の一冊。

  • 9月18日Facebook非公開ページより転載

9月16日の私のタイムラインに以下のリンク(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40411)をシェアしたところ、**先生からコメントをいただきました。私はアベノミクスの状況について「むつかしい状況にさしかかっています」とコメントしましたが、この判断を裏付ける記事が今日の日経新聞にふたつ出ています。ひとつめは、「今より円高、心地いい」という見出しの日商会頭記者会見の記事。日商会頭は「これだけ輸入が多い状況では、円安の負担が国民全般にかかる」と指摘。「今の日本経済にとってどの水準が好ましい水準か真剣に考えるべきだ。それは107円か、我々の感覚とは違う」と述べたと報道されています。ふたつめは、「第3の矢に軸足を」と題する、浜田参与と首相の意見交換に関する記事。「足元の景気動向では消費税率の再引き上げの判断をしづらいとの考えで一致」。浜田氏は、「供給を伸ばさないと経済は成長しない。第1の矢(金融政策)から軸足を第3の矢(成長戦略)に移す時期が来ている」との考えを伝えたと報道されています。