栄養成長と抵抗性の顕著なトレードオフ

3週間先の予定を急遽変更して、21日のセミナーで論文紹介を担当することになった。ちょうど、以下の論文を読んで興奮していたところなので、迷わずこの論文を紹介することに決めた。

紹介する論文:
Todesco M et al. 2010. Natural allelic variation underlying a major fitness trade-off in Arabidopsis thaliana. Nature 465:632–636 (03 June 2010).

先々週号のNatureに発表されたばかりの論文である。ACDという単一の遺伝子が、シロイヌナズナの栄養成長と抵抗性の両方に関わっており、この遺伝子の塩基置換によって栄養成長と抵抗性の顕著なトレードオフが生じることを実証した研究である。以下は、生態研メールに先ほど送った、論文紹介の概要。この研究は、分子的メカニズムの解明が、野外での生態学的プロセスに新たな視点を与えるという好例だろう。まったく予想していなかったが、指摘されてみればきわめて納得のいくメカニズムの発見であり、すばらしい。

植物の病原体感染に対する特異的認識は、R遺伝子と呼ばれる一群の遺伝子ファミリーがつくる受容体たんぱく質によって生じます。R遺伝子の機能は免疫系の MHCによく似ていて、多型性の高さや分子進化のパターンの点でも両者に共通性があります。R遺伝子が病原体感染を認識すると、サリチル酸を介したシグナル伝達によって、一連の防御機構が発動します。典型的には、感染を認識した細胞とその周囲の細胞がアポトシスを起こし、病原体を道連れにして自殺します。これは一種の利他的細胞死です。結果として、壊死斑と呼ばれる黒点・黒斑が生じます。上記の論文で研究されたACD6と命名された遺伝子は、サリチル酸シグナルに対する細胞の敏感さを決めており、より敏感な対立遺伝子を持つ個体は壊死斑を作りやすく、より鈍感な対立遺伝子を持つ個体は壊死斑を作りにくいことがわかりました。ちなみに、ACDは、Accelerated Cell Deathの略です。このような敏感さの違いは、各種病原体への抵抗性だけでなくアブラムシに対する抵抗性にも相関していました。つまり、敏感な対立遺伝子をもつほど、さまざまな植物寄生者に対して抵抗力が高い。R遺伝子が特異的抵抗性遺伝子であるのに対して、ACDは汎用性抵抗性遺伝子と言えます。生態学的に興味深いのは、敏感さの違いが栄養成長の速度にも相関していることです。つまり、壊死斑を起こしやすい個体ほど、葉の成長が遅いのです。細胞が頻繁に自殺する個体で葉の成長が遅くなるのは、もっともなことです。これまでに測定された「抵抗性のコスト」では、その生理的基盤がよくわかっていなかったのですが、ACDの場合には、なぜコストが生じるかが生理学的によく説明がつきます。おそらくこのメカニズムは、植物に一般的に存在するものでしょう。さらに興味深いのは、シロイヌナズナの野外集団において、敏感さが異なる対立遺伝子の多型が、広く見られることです。この多型に、自然淘汰が作用していることも、分子進化のパターンから支持されました。R遺伝子やMHCの多型は、病原体と宿主の特異的相互作用によっていると考えられており、両者の進化的ダイナミクス(頻度依存過程)については、よく研究されています。しかし、今回発見されたACDの多型には、特異的相互作用は関与していません。栄養成長と抵抗性の顕著なトレードオフの下で、光をめぐる競争に強いが抵抗力で劣る遺伝子型と、汎用抵抗性が高い一方で競争力に劣る遺伝子型の多型が維持されているのです。この多型の維持には、おそらく時間的に変動する頻度依存淘汰と、空間的に変動する密度依存淘汰の両方が関与しているものと考えられます。この点で、 ACD多型の発見は、理論的に新しい課題を提起しています。また、競争力に強い者と弱い者が共存するというプロセスは、植物群集の多様性を維持する機構として一般性があります。今回の発見は、単にACDという遺伝子に限定されたプロセスにとどまらず、より普遍的なモデルの発展につながる可能性を秘めていると思います。