鈴木信彦さんを悼む


鈴木信彦さんが昨日なくなられた。私より2歳年上だから、働き盛りである。昨日知らせを受けたときは、ただただ驚くだけで、事実を受け止めかねた。その後今日の夕方まで、あわただしく時間が過ぎていった。研究室を出て、大学構内を歩いているときに、悲しみがこみあげてきた。
鈴木さんは九大理学部生態学研究室で大学院時代を過ごされ、ギシギシの葉を食べるハムシ類の資源利用と共存に関する研究で、博士の学位を取得された。私は鈴木さんの出身研究室に教授として着任したことから、鈴木さんと親しくおつきあいさせていただくようになった。私の着任当時は、ウマノスズクサジャコウアゲハの関係を研究されていた。ウマノスズクサの葉には猛毒(アリストロキア酸と呼ばれるアルカロイド)が含まれているが、ジャコウアゲハの幼虫はアリストロキア酸をある程度解毒でき、自らを天敵から守る防御物質として利用する。しかし、アリストロキア酸を大量に吸収することは、ジャコウアゲハの幼虫にとってもコストになるらしい。そこでジャコウアゲハの幼虫は、ウマノスズクサの茎の基部で、茎の周囲を環状に噛み破り、師管を切断し、地下茎から葉へのアリストロキア酸の転流を止めてから、ウマノスズクサの葉を食いつくす。鈴木さんに教えていただいたこの事実はとても衝撃的だった。この話題は最近でもよく講義や市民向けの講演でとりあげている。つい先日も、1年生向けの全学共通の講義で、この話題を紹介したばかりだった。
その後、鷲谷さんと『保全生態学入門』を書いた時、鈴木さんからジャコウアゲハの幼虫の写真をお借りして、掲載させていただいた。上に掲載したのは、さきほど鈴木さんのウェブサイトからコピーした写真である。『保全生態学入門』に掲載した写真と同じものではないかと思う。その後、自分自身でジャコウアゲハの幼虫を撮影する機会があった。このため、最近では自分で撮影した写真を講義で使っているが、今回鈴木さんの写真をウェブサイトで再見し、熱い思いがこみあげてきた。
鈴木さんはすぐれたナチュラリストであり、昆虫だけでなく植物の生活にも、独自の目を持たれていた。鈴木さんのウェブサイトには、ウマノスズクサのほかに、コニシキソウクサギアケビエニシダなど、鈴木さんが研究された植物の写真が掲載されている。また、これらと関係を取り結んでいる、アリ類、アブラムシ類、アゲハ類などの昆虫写真も掲載され、植物と昆虫の間に見られる興味の尽きない相互関係が紹介されている。このウェブサイトもいずれ閉じられるだろうと思い、ページをダウンロードした。植物学からスタートした私とは異なり、鈴木さんは昆虫学から植物・昆虫相互作用の研究に進まれたので、私が気付かない事実や視点を教えていただくことが多かった。その鈴木さんから、もうお話を伺うことができない。
2007年度から今年度まで4年間、「アリを介した生物間相互作用による生物多様性の創出・維持機構の解析」という課題で科研費をとられていた。コニシキソウとアリの関係などについて、きっと研究が深まっていたに違いない。その成果を伺う機会がないまま、お別れをすることになった。いまはただ、鈴木さんのご冥福を祈るしかないのだが、どんな言葉ももはやご本人には伝わらないという現実は厳しい。
葬儀が行われる明日は、京都に出張する。