キレンゲショウマ受難:九州の脊梁山地をまわって

yahara2007-09-26

20日から24日まで、九州の脊梁山地をまわり、キレンゲショウマのDNAサンプルを集めた。Zhang et al. (2006) Genetic diversity of the endangered species Kirengeshoma palmata (Saxifragaceae) in China. Biochemical Systematics and Ecology 34:38-47という論文を書いているYing-Xiong Qiuさんは、イチョウの採集のために福岡各地をまわったZhaoさんの同僚なのだ。Qiuさんは、すでに韓国と四国のキレンゲショウマのサンプルを入手しており、九州のサンプルも加えて研究を発展させたいと計画されている。キレンゲショウマは、私が入れ込んでいる杭州天目山に自生しており、日本・韓国・中国の集団の比較には私も大いに興味がある。そこで、サンプル集めに協力することにした次第である。ところが、九州のキレンゲショウマは、各地でシカに食われて、激減している。今回はその惨状を目の当たりにすることになった。
21日は祖母山。くろがね尾根への分岐から川上渓谷のナメ谷をさかのぼり、渓流に沿った急峻な岸壁で、果実をつけたキレンゲショウマ20株を確認。しかし、これだけだった。
尾平越への車道(7号線)は、台風でずたずたになっており、キレンゲショウマが自生していそうな谷は、崩落しているか、あるいはシカに食われて植生がほとんど残っていなかった。ツクシミカエリソウはわずかに残っていたが、ツクシアザミも、ハガクレツリフネも、アキチョウジも、皆無。屋久島よりも、もっとひどい。林床植生の消失が、斜面の崩壊を促進していると思われる。
22日は、やまめの里のAさんのご案内で、白岩山へ。Aさんはキリタチヤマザクラの発見者である。やまめの里のウェブサイトには、キリタチヤマザクラのページがあり、その特徴や発見の経緯、植生調査記録などが紹介されている。
Aさんは、キレンゲショウマ自生地の谷を柵で囲み、群落の再生・保護に取り組まれている。柵の場所を案内していただいたところ、キレンゲショウマのほか、ヘイケモリアザミ、アキチョウジ、ウスゲタマブキなどの林床植生が見事に回復していた。しかし、柵の外は、ほとんど何も生えていない。そして、柵の一箇所に岩が落ちてシカの進入路ができ、キレンゲショウマをはじめ多くの植物が、かなり食べられていた。Aさんの見回り・柵管理活動がなければ、多くの種が消失するだろう。
23日は、椎葉にある九大宮崎演習林をKさんに案内していただいた。ここでも、シカが増えて、林床植生はほとんど消失していた。写真は、植生保護柵の内外の違いがわかるように写したもの。ブナの木を取り囲んで建てられたタワーにも登らせていただいた。この感想ままたいずれ。
24日は、北上して、ある山に出かけた。宮崎の植物を長年研究されているMさんの案内で、キレンゲショウマなどの林床植物が残る数少ない山を訪問したのだが、山の名前は伏せておこう。ここは、九州脊梁山地の沢筋の植生がよく残っており、キレンゲショウマも100株程度が群生していた。しかし、ここでもシカの摂食がはじまっており、人がよく通る山道から離れると、林床植物はほとんど見られないそうだ。
この山では、ミズ属の明らかな新種にも出会えた。数年前にMさんから標本を見せていただいたとき、おそらく新種だろうと考えたが、今回は自生地で花を観察できて、結論が得られた。中国にも該当する種はないので、新種として記載する必要がある。しかし、この新種も、限られた面積の沢にあるだけなので、シカの摂食により林床植物の消失と斜面崩壊が進めば、絶滅するおそれがある。
今回訪問したのは、いずれも九州脊梁山地の奥深い山である。九州脊梁山地のシカは、もはや管理可能なレベルをこえてしまっているようだ。今は、植生保護柵を緊急に増やして、林床植物の絶滅を回避すべきだろう。
あと6時間ほどで、パリに発つ。