沖縄大学院大学用地視察(続)

昨夜沖縄から戻り、今日は沖縄科学技術大学院大学(仮称)整備事業の資料にあらためて目をとおし、視察の報告を書いた。月曜日に、日本生態学会日本植物分類学会の関係者に送り、意見を聞いたうえで、事業者側に提出する予定である。
要点は、以下のとおり。意見をお持ちの方は、月曜日までにお知らせください。
 私は、造成計画案を非常にポジティブに評価した。「回避」という基本方針に沿って、設計チームと環境影響評価チームが緊密に連携して、案を作っている。この連携は、九大移転事業ではできなかった。画期的な試みだと思う。
 また、谷部を残すためにスカイウォークで建物をつなぎ、尾根部の貴重な植物群落を残すためにトンネルを使うという計画は、かなりのコスト高を招くと思われる。国策大学だからできることだろう。しかし、ひとつ先例ができれば、次の時代にはそれが常識になっていくかもしれない。
 視察に行く前は、これから相当な時間を費やして、この現場に関らねばならないのだろうかという、かなり悲壮な決意を心に秘めていた。幸いにして、設計・環境影響評価を担当しているチームは、かなり信用できる。多くのミチゲーション措置の中で、「回避」がもっとも優先されるべきだと思うが、この基本方針が堅持されている。私が多くの時間を割かなくても、保全対策はかなりうまく進むだろう。
 私としては、大学用地からはずれた北側が、新たな開発計画にさらされないように、努力したい。

  • 視察をふまえた造成計画への評価

 約222ヘクタールの計画区域には、多数の谷が刻まれており、これらの谷は延長距離・水量・傾斜・幅などの地形学的特長において著しい多様性が認められた。このような多様性を反映して、植物相は谷ごとに異なっており、希少種・絶滅危惧種はしばしば特定の谷のみに見られた。これらの谷部は、両生類・水生昆虫・貝類・藻類などの希少種・絶滅危惧種の生息環境でもあり、谷部の保全は、造成計画決定にあたってもっとも配慮すべき事項と判断された。
 これに加え、尾根部の風衝地に発達するオオマツバシバ群落は、沖縄本島北部のヤンバル地域には見られない特異な植物群落であり、ナガバアリノトウグサ・カガシラなどの絶滅危惧種をともなっている点でも、とくに保全上の対策を必要とするものと判断された。
 谷部の埋め立てを避け、尾根部のオオマツバシバ群落の消失を避けて造成計画を立案することは、きわめて困難に思われるが、環境影響評価書への意見も考慮にいれて現在計画されている案では、この困難な要請に対する、ほぼ唯一と思われる解を導き出している。
 現行案では、グラウンドバーク用地として開発された低標高地にエントランスとビレッジゾーンを、1970年代に開墾された尾根部にラボゾーン用地を配置し、ラボ間をスカイウォークで連結することにより、谷部の造成を回避している。また、オオマツバシバ群落のある尾根部の造成を回避するために、ビレッジゾーンからラボゾーンへの移動路の一部をトンネル化している。造成範囲の決定にあたっては、設計チームと環境影響評価チームの間で緊密に連絡をとり、貴重な生物の自生地の造成を回避する方針を基本として、微調整を行っている。
 谷部では、前川上流を将来ゾーンとして埋め立てる計画である。切り土と盛り土のバランスをとり、土を用地外に持ち出さずに造成することは、用地外での残土廃棄による新たな環境負荷を発生させないためには、必要な措置である。前川上流は、約222ヘクタールの計画用地の南端に位置し、この地域の生物分布の周辺部に位置する。また、谷の規模も小さいため、造成による消失が計画用地全体の生態系・生物多様性に与える影響は、許容範囲と考えてよいだろう。この地域で確認されている希少種のうち、オニノヤガラ属の一種の自生地に関しては、造成範囲の微調整により、保全をはかる方針である。このため、この谷部の造成によって、計画用地における希少種の存続があやぶまれる事態は、生じないものと判断される。ただし、未発見の希少種がある可能性は否定できないので、今後より詳細な調査を行い、新たな希少種が発見された場合には、適切な保全対策を実施してほしい。
 現在の造成計画において、消失がもっとも懸念されるのは、グラウンドパーク跡地の池に生息する水生動物である。この池に関しては、一度水を抜き、工事をする計画である。上流の池への緊急避難が検討されているが、上流の池は現存する水生動物が利用しており、これらが環境収容力に近いレベルにあると考えられる。したがって、この池への放流は、池に現存する水生動物との相互作用をひきおこし、放流個体群の存続は必ずしも保証されない。水族館などへの緊急避難、仮設保全池の造成、調整池の活用、などにより、十分な保全対策をとる必要があると考えられる。

  • 造成工事期間中の環境監視の必要性

 九州大学における保全事業の経験では、造成工事期間中に、予期せぬ事態がしばしば生じる。たとえば、資材置き場、仮設道路、調整池周辺の作業場の確保などのために、造成が予定されていない場所で森林伐採・草刈りなどが行われる、希少生物の自生地が踏み荒らされる、希少生物が生息する水域の水が散水車用に利用される、などの事態が生じる可能性がある。工事の業者に対して、保全計画の方針を周知徹底するとともに、定期的な環境監視を実施することにより、造成工事期間中の非造成区域への影響を回避してほしい。
 とくに、ラボゾーンの尾根部を造成する際の仮設橋工事においては、保全される谷部などへの影響が生じないように、慎重な対応をお願いしたい。

  • 造成後の環境監視・保全対策と研究教育への活用

沖縄科学技術大学院大学(仮称)用地は、今回の環境影響評価調査において新種が発見されたことからも伺えるように、固有の歴史を持つユニークな生態系であり、学術上の価値がきわめて高い。生物科学の急速な発展にともない、少数のモデル生物以外の多様な生物にも最先端の研究技術が活用できる条件がひろがっているので、沖縄科学技術大学院大学(仮称)用地は、次世代の生物学において、かけがえのない研究資源となるだろう。
この点に十分配慮し、造成工事終了後も環境監視の体制をとり、保全措置の効果を提起的にモニタリングしてほしい。また、国内外の研究者に研究資源としての用地を開放し、研究教育への積極的活用をはかることを通じて、貴重な生物を後世に伝えていく努力がのぞまれる。
約222ヘクタールの計画区域のうち、今回の用地設定により、沖縄科学技術大学院大学(仮称)用地からはずされた大港川・ジムン川流域は、多くの希少種・絶滅危惧種の棲息地となっており、学術上の価値がきわめて高い。この流域が、新たな開発計画の対象となることなく保全されるよう、関係者の努力が求められている。