未来社会への第3の道

このタイトルで、4月9日に開催される日本生物地理学会ミニシンポジウム「次世代にどのような社会を贈るのか?」で講演する。会場は立教大学。講演時間は40分程度で、質疑を入れて60分以内の時間をいただいた。
今日が講演要旨のしめきりだったので、下記のような要旨を書いて、依頼者のMさんに送った。
タイトルを先に聞かれたので、つい、おおげさなタイトルをつけてしまった。要旨を書こうとして、しまったと思ったが、あとのまつりである。

現代は、人類史における大きな転換点である。
科学・技術・芸術・スポーツ・教育・福祉・産業など、人類のさまざまな活動の水準を大きく規定しているのは人口と一人あたりの生産力である。両者はともに、環境から得られる資源の利用度に制約されている。産業革命以後の歴史において人類は、技術革新によってこの制約を次々に突破し、継続的な人口増加を実現し、さらに一人あたりの生産力を高めてきた。しかし、地球上の資源が有限である以上、このような「右肩あがりの成長」を永久に続けることはできない。
この事実は、いまや多くの市民に広く知られている。ここに、過去のいつの時代とも異なる現代のもうひとつの特徴がある。現代は、科学・技術が史上最高の水準に到達した時代であり、そして多くの市民がその成果を知り、利用することができる時代である。このような時代状況の下で、社会的問題の解決に市民が参加する機会が拡大している。行政や企業の専門家だけでなく、多くの市民が高い水準の科学的知識を持っているので、トップダウン型の意思決定ではもはや市民の広範な支持は得にくくなっている。市民参加と合意形成が、企業や行政においても重視されつつある。
したがって、人類史の転換を実現する主体は、国家・地方自治体・企業だけでなく、NPONGOを含む、広い意味での市民である。そして、自由競争による解決だけでなく、協力行動による解決が重要性を増すだろう。ただし、市民の間には多種多様な価値観があり、合意形成はしばしば困難に直面する。いかにして合意形成を実現するかという問題は、人間に関する科学的研究の中で、今後とりわけ重要な課題になるだろう。
私見では、「二項対立を避ける」ことが、社会的問題の解決において決定的に重要である。開発か保全か、研究か教育か、トップダウンボトムアップか、革新か保守か、労働者か資本家か、国営か民営化か、といった二項対立に、われわれはとらわれがちである。多くの場合において、物事は単純に二分できないし、また最適解は中間にある。
このような私の考えは、九州大学新キャンパス生物多様性保全事業などを通じて、社会と関わる中で、次第に形をなしてきたものである。私の講演では、九州大学新キャンパス生物多様性保全事業の経験を紹介したうえで、二項対立を克服して合意形成を促進するにはどうすればよいかという問題をとりあげる。
時代状況を反映して、多くの識者が未来社会のビジョンを語っている。しかし、私は正しい未来ビジョンなどありえないと考えている。未来の選択は価値観の問題であり、したがって合意形成を通じてはじめて可能になるという考えを提起する。