フィールドサーバー・ネットワークによる生物多様性の自動モニタリング計画

3月1日のブログ:「ミニ地球」と“桃源郷”(id:yahara:20050301)で書いた構想を、いよいよ本格始動させようと思う。
ここしばらくは、「生物多様性三昧」の暮らしが続いていたので、だんだんモチベーションが高まってきた。ちょうどそのタイミングで、日米ワークショップに参加したことが、本格始動を決心するひとつのきっかけになった。昨夜は、横浜からもどってすぐに、九州大学の「生物多様性研究センター」(仮称)構想の打ち合わせをする予定が組まれていたので、さっそくこの場で私の構想を説明した。今後、演習林との共同プロジェクトが具体化していくことを期待している。
その「構想」とは、平藤雅之さんが開発されたフィールドサーバーを、九大新キャンパスや演習林などのさまざまなフィールドに100基以上の規模で設置し、無線LANで画像を含むさまざまなデータを継続的に収集するというものである。もちろん、データは、Googleのようなエージェント・プログラムで自動収集する。
九大新キャンパスでは、赤外線センサーカメラを40台ほど使って、哺乳類のモニタリングをしている。哺乳類だけでなく、いろいろな鳥類も撮影され、夜行性で森林性のミゾゴイがいることもわかった。さらには、尾根をこえて移動しているイシガメも撮影された。もちろん、植物も写るのだが、いまはデータとして活用されていない。
この赤外線センサーカメラ群を、そっくりフィールドサーバーに置き換えるだけでも、得られるデータは、質・量ともに激変する。
さらに、新キャンパス内の希少種の自生地に、片端からフィールドサーバーを設置したい。たとえば、腐生ランが何種かある。これらの自生地にフィールドサーバーを設置しておけば、発生から開花・結実までのフェノロジーが画像データで取得できるし、もしかするとポリネータも写るかもしれない。
新キャンパスでは、造成前に、約3000地点で、植物の分布調査を実施した。このうち約1000地点が造成されずに残っている。これらの場所を再調査すれば、キャンパス内での植物の変化がかなりわかるはずだが、人力にたよる調査では、持続可能性にかける。
森林の林床を1.4m×1.4mのブロックに切り取り、約4000ブロックを移植した。この林床移植地のモニタリングを継続しているが、やはり人力だけに頼っていては、限界がある。林床移植地にフィールドサーバーを置けば、種の消長だけでなく、パイオニア種などの個体間競争のプロセスが継続的に観察できる。
このフィールドサーバー・システムは、市民にデータを開放できる点でも画期的である。新キャンパスでは、市民ボランティアによるイシガメ・カスミサンショウウオニホンアカガエルなどの調査が実施されている。イシガメの集団越冬地や、ニホンアカガエルの産卵場所などにフィールドサーバーを設置しておけば、市民が自宅から、「おっ、今日はついに越冬地のイシガメが動いたぞ」とか、「もうニホンアカガエルの産卵が始まったぞ」といった情報を得て、調査のスケジュールをたてたり、修正したりできる。
日米ワークショップで、文部科学省研究開発局地球・環境科学技術推進室や、環境省地球環境局研究調査室のスタッフの方々にお目にかかる機会があったので、「国民の税金を使って行なっているこのような研究の成果を市民に還元するとともに、市民が参加する形のモニタリングを推進することが重要だと思う」という意見を申し上げておいた。真意がどれくらい伝わっただろうか。
日ごろは、研究費がほしい研究者を相手にされることが多いことと思うので、おそらく「市民」は視野に入っていないのではないか。しかし、環境問題の研究課題、とくに地域に関わる課題に関しては、市民の関心は高いし、市民がモニタリングなどに参加する機会もこれからきっと増える。そうすることで、問題の解決にもつながっていくはずだ。
日米ワークショップでは、「生物多様性」とともに、「人間と自然の相互作用」が重要な討論課題だったが、「人間」といっても、「都市化」に代表される、マスとしての人間活動の結果だけが問題にされていて、意思決定をする人間の「主体性」や「心理」は、無視されていた。地球シミュレータを使う研究との連携を議論する場では致し方ないと思うが、問題の解決のためには、人間の意思決定に関わる「主体性」や「心理」についても、アプローチをする必要がある。
その点、フィールドサーバー・ネットワークは、地球シミュレータと違って、市民からのアクセスが容易である。フィールドサーバー・ネットワークで蓄積される膨大なデータをどう生かすかは、研究者だけの問題ではなくなる。
3月1日のブログ(id:yahara:20050301)にも書いたように、開発者の平藤さんには、主体的な人間への暖かなまなざしが感じられる。この点が、私がフィールドサーバーに大きな夢を抱いている、もうひとつの理由である。その平藤さんに、新キャンパスのプロジェクトに協力していただけることになった。これからの展開が、楽しみである。
このシステムは、約1700種の絶滅危惧植物のモニタリングと監視にも生かせるだろう。野生ランなどは、分布情報を公表すれば乱獲されてしまう恐れがある。このため、分布情報を公開していないのだが、しかし秘密にしておくと、自生地の開発が計画されてしまうというジレンマがある。フィールドサーバーによるモニタリングは、監視機能も備えるので、乱獲・開発の双方にとっての抑止力が期待できる。
将来的には、環境省に事業費を確保してもらって、数万地点規模で、フィールドサーバーを全国の絶滅危惧種の自生地に設置できないかと考えている。
このシステムは、他にもさまざまな利用価値がある。このブログを読んで、こんなことに活用してみたいというアイデアを持った研究者の方々も、いらっしゃることだろう。
このシステムは、オープンリソースである。来春には、松下電器からの発売も予定されている。みんなでどんどん使うことで、ネットワークを広げたいものだ。
最近、「競争」が強調されることが多くて、いささか嫌気がさしている。フィールドサーバーを使った研究では、「協力」こそがネットワークをひろげ、データの価値を高めていくはずだ。そう考えて、私の構想をオープンにしてみた。
この問題提起がきっかけとなって、フィールドサーバーを使った研究のネットワークが発展することを切望している。