新年度の抱負

いよいよ2018年度がスタートした。私はこれで、定年まであと2年になった。
5月1日で64歳になるが、先週もベトナムの山に登って、若い人と一緒に調査をしてきた。多少は弱ってきたかもしれないが、今の調子ならあと5年、70歳までは問題なく野外調査ができそうな気がする。
今年は、決断科学プログラムの成果を継承する一般社団法人をぜひ設立したい。この法人は、別に私が研究を続けるために設立するわけではない。自分の研究を中心に考えれば、他大学に移籍して研究を継続するという選択肢はあると思う。しかし、決断科学プログラムでせっかくユニークな教育・研究の成果が生まれているので、これを放り出したくない。
少子高齢化が進み、人口が減る日本では、教育・研究によって創造性と生産性を高めるビジネスは、成長産業のはずだ。しかし財務省は国立大学の定員と予算を減らし続けている。この方針が変わる見通しはない。このまま進めば、日本の大学は残念ながら活力を次第にそがれ、結果として日本全体の創造性と生産性が低下するだろう。そんなことは知ったこっちゃない、俺は植物の研究がしたいんだという気持ちがないわけではない。しかし、一般社団法人を作り、国立大学の縮小の一方で潜在的に増大している教育・研究ニーズに応えるビジネスを育てる仕事も、面白そうだ。幸か不幸か、この仕事は私がやらなければ、当分誰もやりそうにない。
決断科学プログラムの5年間で学んだのは、やる気になって努力すれば、自分のやりたい研究と、新しい教育や研究分野を作るという仕事は、両立できるということだ。
一年前に『決断科学のすすめ 持続可能な未来に向けて、どうすれば社会を変えられるか?』という本を出版した。この本を書いたことで、私の知識は格段に豊かになり、視野は格段に広がった。大学時代以来、いろいろなことに関心を持ってはきたが、それらの関心を本格的につないで体系化するという意図はまったくなかった。それができるとも思っていなかったが、やってみると、自分なりにできた。60歳を過ぎてからまったく新しい仕事をするという経験をできたことは、とても励みになった。
一方で、この5年間は専門分野での論文数も被引用数も伸び続けている。年あたりの被引用数はほぼ倍になった。この数字は、国際プログラムでの共著論文にも支えられているので、私にとってはあまり重要ではないが、自分がやりたい研究ができているという実感・手ごたえがあるのが嬉しい。今日も、かなり注力した論文原稿をひとつ投稿し、共著論文原稿2編にコメントを返した。今年に入って出版された論文数はすでに14編にのぼり、投稿中が11編、もうすぐ投稿できそうな原稿が12編ある。さらに、いくつか書きかけの原稿があり、これから書きたいネタは山のようにある。7年間かけて取り組んできた東南アジアの植物多様性研究が収穫期に入っており、他のグループの追随を許さない論文が次々に書ける。また、キスゲプロジェクト、伊都キャンパスの生物多様性保全屋久島での生態系管理、指導している大学院生の研究テーマでも、面白い論文が次々に書ける。論文を書くのが楽しくて仕方がないという状況にある。論文執筆能力は経験を積むごとに向上しているので、学生の論文指導も以前よりうまくできていると思う。
この4月からやってみたいのは、1〜2年生向けの実験的教育だ。過去にも、全学共通教育少人数ゼミの枠で、新キャンパスゼミを4年間開講したことがある。4年間の受講生が書いてくれたレポートは以下のサイトにまだ掲載されている。
http://seibutsu.biology.kyushu-u.ac.jp/~ecology/yahara/NewCampusSeminar.html
この当時は、レポートを書いてもらうところで終わっていたが、今なら論文を執筆するところまで1〜2年生を育てられると思う。また、決断科学プログラムと連携すれば、さまざまな現場経験を積んで人間的に成長する場を提供できる。また、スキル教育をしっかりやってみたいという思いがある。さらに、多言語同時学習というアイデアを試してみたい。
これまでの大学教育は、意味記憶偏重だった。人を育てるには、意味記憶だけでなく、エピソード記憶や非陳述記憶(暗黙知)、手続き記憶を豊かにする必要がある。また、システム2(理性)とシステム1(直観)をバランス良く鍛える必要がある。決断科学プログラムではこのような理解にもとづいてカリキュラムを組み立てた。しかしこのような教育は、本来、1〜2年生でしっかりやっておくべきだ。
教養教育が大事だという意見はしばしば聞かれるが、ではどうすれば実のある教養教育ができるのかという問いについて、説得力のある見解を聞いたことがない。それならば、私の理論を実践して、実証試験をしてみたい。
生物学科の新2年生に、私の実験的教育への協力者をすでに見つけているので、新1年生にも声をかけて、あと2年間で、どこまでの高みに到達できるか、やれるだけやってみたい。
一方で、今年はまだ調査できていないボルネオのキナバル山、ミャンマー、フィリピンを訪問して、植物多様性の調査をしたい。7年間かけて行なった140地点での調査結果に、これらの調査地のデータを加えれば、Natureに論文を書くことも夢ではないと思っている。
定年まであと2年しかないのに、やりたいことは増える一方だ。幸い、能力も高まっている気がするので、さらに努力して、やりたいことを一通りやり遂げてから、定年を迎えたい。

財務省報告80ページ全文

朝日新聞のウェブページに財務省報告80ページ全文のpdfが掲載されています。報道はこうあるべきです。このpdfのダウンロード数を表示すればもっと良いと思います。みなさん、ダウンロードして読みましょう。ここまで大幅に改ざんされているとは思いませんでした。公文書がここまでデタラメだと、公正な行政が成立しません。事実と道理にもとづく行政・政治か、嘘と忖度による行政・政治か、それが問われています。潮目は変わったでしょうね。自民党内でも霞ヶ関でも、嘘をつき続けることに耐えられなくなってきたのだと思います。右か左か、改憲か護憲か、というような対立をこえた流れになっていくでしょう。

ルース・ドフリース『食糧と人類 飢餓を克服した大増産の文明史』

アマゾンから届いたので、修士論文の原稿チェックの合間に、1時間半でレベル3の超速読をした。
本書については、「未来を楽観する10人」をとりあげたUnHerdの記事(下記リンク先)で知った。

原書の出版は2014年、邦訳出版は2016年1月。『決断科学のすすめ』を書いていたときには邦訳も出版されていたのだが、なぜか私のアンテナに届かなかった。
著者は、ハンセンやタウンゼントらと一緒に衛星画像を使って地球規模での土地利用の研究をしている。また本書の内容から判断して、地球化学サイクルにも詳しい。本書は、ダイヤモンドが『銃・病原菌・鉄』や『文明崩壊』で述べた視点をふまえながら、農業開始以後の人類が地球環境と人間生活をいかに変えてきたかを展望している。そして2007年5月を人類史の転換点だと主張する。この日に、地球上の都市居住者の人口が農村居住者のそれをうわまわった。つまり、大半の人は自分で農業生産をせずに暮らすようになった。この変化が人類社会をこの先どこへ導くのかについてのビジョンを提示してくれるものと思って超速読をしたが、最後に「どんな結果が待っているのかは誰にもわからない」と書かれていて、肩透かしをくらった。
著者は過去の論争について、できるだけ中立的な立場をとろうとしている。DDTをめぐっては、レイチェル・カーソンの告発の歴史的役割を評価しつつ、殺虫剤は農業に必要だと力説するボーローグの立場にも一理あると考え、「二者択一ではなく、相反するふたつの主張のあいだのどこかに着地点は見つかるはずだ」と述べている。ボーローグの主張に対して、インドのスワミナサンの主張(農民が意思決定に参加し、最先端技術を利用しながらも、生態系に被害をおよさない方法で農業を発展させるビジョン)も紹介し、「未来はスワミナサンが描く方法にいくのか、それともボーローグに味方するのか、いまのところわからない」と述べている。
「本書がめざすのは、人類が歩んだ旅路をなぞり、どのような経緯でここまで到達したのかをあきらかにすることである。いままでをふり返れば、きっとこの地球上でのわたしたちの未来の姿が見えてくるはずだ」とプロローグの最後に書かれているが、残念ながら、未来社会への著者のビジョンは具体性を欠いていると思う。本書には、人間と社会についての理解と洞察が不足している。
本書を読んで、『決断科学のすすめ』の到達点にかなり自信を持った。人間と社会の問題を俯瞰するという点では、かなり見通しが良い標高まで登れていると思う。

トリプル博士論文

12月以来、今年度で博士課程を修了する3名の大学院生の学位論文指導に明け暮れています。おおみそかも三元日も、それ以後も、ずっとこの仕事に時間を割いています。
Bさんは4章構成で、2章分はすでにアクセプトになっていますが、第3章の論文が再投稿中。4章目をこの一ヶ月でほぼ完成させました。先日、第3章の論文について、マイナー改訂をすればアクセプトするという返事が届き、今日はその改訂に対応しました。マイナー改訂といっても、新たに検定を加える必要がありましたが、本人が迅速に対応してくれたおかげで、改訂作業は完了。明日にも再投稿し、すぐにアクセプトになるでしょう。4章目もほぼ完成。投稿原稿にするには、もう少し作業が必要ですが、近々投稿できるレベルに到達しました。
Nさんは5章構成。1章と3章はすでにアクセプトされました。2章は、再投稿に向けて改訂中。4章は投稿中。5章はなかなかの大作で、改訂作業も難航し、ようやく完成に近づいてきました。あと少し英語表現を修正すれば、学位論文としては完成です。投稿論文にするには、解析を追加したほうが良いと考えており、2月に入ったらすぐに解析を追加して、完成させたいと思います。
Tくんは、投稿中の2編の論文がなかなかアクセプトされず、やきもきしていましたが、昨日ついに一つ目がアクセプトされ、めでたく学位取得資格が整いました。そして今日、二つ目の論文もマイナー改訂を求める返事が戻り、さっさと改訂をして再投稿しました、近日中にアクセプトされるでしょう。学位論文は4章構成で、3章目の改訂作業を進めています。改訂原稿を私があずかっている状態なので、明日はこの原稿を読んで、コメントを返そうと思います。最後の章は、まだこれから。
ふ〜。
これに加えて、実は修士2年の学生が3名いるのです。そのうち1名は、日本語の原稿をひととおり書き上げており、今朝イントロについて、さきほどディスカッションについて修正案とコメントを送り返しました。もうすこしロジックを練り、細かいつめをしたうえで、英語化作業に入ってもらいます。これからは、あと2名の修士論文に軸足を移します。
このほか、メキシコからの短期留学生(12月〜1月)の指導を引き受けており、伊都キャンパス林床移植地の森林回復のデータを解析中。こちらも、今月中にまとめる必要があり、さきほどデータについてコメントを返しました。
というような毎日を続けているため、まだ今年は新年の抱負・計画が書けていません。いま書くよりも、4月に入ってから、新年度の抱負・計画を書くほうが現実的ですね。年度内は、山積している仕事をひとつひとつ片付けるのみ。
昨年は、20編の論文が印刷されました。今年はすでに3編が印刷され、5編がアクセプトされ、3編がアクセプト直前です。さらに、投稿中の論文が11編あります。今年の論文数が20編をこえるのはほぼ確実で、さらにかなり上積みできるでしょう。

熱帯林樹木多様性とその保全に関する公開シンポジウム

熱帯林樹木多様性とその保全に関する公開シンポジウムを1月6日に東京国際フォーラムで開催します。この公開シンポジウムは、環境研究総合推進費によるプロジェクト「樹木の新種比率評価と森林政策評価にもとづく東南アジア熱帯林保全対策の策定」(代表 矢原徹一)のアウトリーチ活動として開催するものです。東南アジア各国における熱帯林保全のあり方を、参加者と一緒に考えたいと思います。研究者だけでなく、熱帯林にご関心をお持ちの市民や行政・企業関係者のご参加をお待ちしています。

これまでの私たちの調査によって、東南アジア熱帯林には少なくとも1000種の新種樹木が残されていることがわかってきました。ランビル国立公園、ドイインタノン国立公園などの各地の森林プロットにも多数の新種があります。その多くは熱帯林の減少によって自生地がおびやかされており、絶滅のおそれがあります。

一方で、東南アジアでの熱帯林減少には、コピー用紙、パーム油、タイヤなどの国内消費が深く関係しています。日本の消費活動に関連して、東南アジア熱帯林の危機がどのように進行しているかを広く知っていただくことが、まず重要と考えます。そのうえで、市民・企業・行政がとり得る対策について考えたいと思います。

研究者サイドでは、東南アジア各地の森林プロットにおける研究をネットワーク化し、研究成果を保全に活用できるものにしていく努力が必要と考えます。2月にバンコクで開催されるアジア太平洋地域生物多様性観測ネットワーク(APBON)の会議では、森林プロットのネットワーク化を提案したいと考えています。森林プロットネットワークに関心をお持ちの方は、ぜひご参加ください。

当日参加も可能ですが、参加を希望される方はできるだけ事前に矢原までご一報ください。よろしくお願いします。

        • -

日 時:1月6日(土)13:00-15:40
会 場:東京国際フォーラム ガラス棟会議室G404
     (東京都千代田区丸の内)有楽町駅から徒歩1分     
     http://www.t-i-forum.co.jp/user/facilities/conference/

プログラム:

◆公開シンポジウム
「樹木の新種比率評価と森林政策評価にもとづく東南アジア熱帯林保全対策の策定」

13:00-13:05 開会、趣旨説明(代表 矢原徹一)
13:05-13:35 東南アジア熱帯林140地点における全種調査から何がわかったか?(田金秀一郎・ 九州大学理学研究院)
13:35-14:05 新種だらけの東南アジア熱帯林:どこをどうやって守れば良いか?(矢原徹一 ・ 九州大学理学研究院)
14:05-14:20 質疑応答、討論

                                  • 休憩15分  ------------------------------

14:35-15:00 エコツーリズムを伴う住民参加型森林管理の有効性:カンボジアを事例として(太田徹志 ・ 九州大学持続可能な社会のための決断科学センター)
15:00-15:25 熱帯林保全対策の策定で求められる感受性:産業造林地の森林保護をめぐるレジティマシーの相克(藤原敬大 ・ 九州大学農学研究院)
15:25-16:00 質疑応答、総合討論
16:00     公開シンポジウム終了