上橋菜穂子×齊藤慶輔

昨夜放送された達人スイッチインタビュー「上橋菜穂子×齊藤慶輔」。ファンタジー作家と猛禽専門の獣医という異質なキャリアの達人二人が見事に共鳴した対談は、圧巻でした。
好評だったようで、視聴者のアンコールを受けて、4月9日に再放送されることになりました。
http://www4.nhk.or.jp/switch-int/x/2016-04-09/21/6861/2037108/
ファンタジーの好きな人にも、野生生物の好きな人にも勧められる名番組です。ぜひご覧ください。
上橋菜穂子さんは、綾瀬はるか主演で放送中の「精霊の守り人」をはじめ、「守り人」シリーズで有名なファンタジー作家。しかし一方で、アボリジニ文化人類学的研究で文学博士の学位を取得したキャリアの持ち主でもあります。高校の文化祭で自ら脚本を書いた演劇を同級生の片桐はいりと共演したとか、調査で棲みこんだアボリジニの村でカンガルーを解体して尻尾まで食べたなど、一見ふつうのおばさんに見える上橋さんの口から、驚きのエピソードが次々に語られます。
上橋さんがファンタジー小説を書いているのは、人間世界の関係と自然界の関係の両方を俯瞰した物語を紡ぎたいからだそうです。上橋さんの本棚に、「共進化の生態学―生物間相互作用が織りなす多様性」(文一総合出版、私も著者のひとり)が並んでいたのは、嬉しかった。もしかすると、私が書いた「赤の女王」の解説を読んでくれたかもしれません。本を書くと、思わぬ人とつながりができるのです。
齊藤慶輔さんは、知る人ぞ知る、猛禽類専門の獣医。知らない人は、猛禽類医学研究所のウェブサイト(http://www.irbj.net/)をぜひチェックしてください。
大学の獣医学部で扱う動物と言えば、牛馬に代表される家畜が主で、最近ではペット動物であるイヌ・ネコも少し扱うところがありますが、猛禽類医学なんてどこでも教えてくれません。齊藤さんは、この未知の領域のパイオニア猛禽類は鋭い爪をもつハンターであり、扱いをひとつ間違えれば医師は大けがをします。インタビューで語られる、怪我をした猛禽類をおとなしくさせる技には、達人ならではの凄みがあります。そして、治療が成功して野生にもどった鳥のことはあまり覚えていないが、救えなかった鳥のことは克明に覚えている、その悔しさがなくなれば医師ではない、自分はよくがんばったなどとは絶対に考えないと語る齊藤さん。自分に厳しい人ですね。尊敬します。
交通事故や鉛中毒などの問題に対して、現実的な解決策を提案して状況をすこしずつ改善している実績も語られました。バードストライクについては、憤りを胸におさめて、風力の利用と鳥との共存の道をすこしでも早く実現するために知恵をしぼろうとしている姿勢に、胸を打たれました。批判をすることよりも、状況を変えることを優先する現実主義の改革者ですね。
スイッチインタビューの前半は上橋さんが聞き役、齊藤さんが話す側。齊藤さんが、圧倒的なキャリアと生きざまを語り、まさに猛禽のようなりりしさを見せたあとで、今度は齊藤さんが聞き役にまわり、上橋さんがにこやかに答えるのですが、やがて上橋さんも実は「猛禽」であることが明らかになります。この展開はぞくぞくしましたね。
精霊の守り人」のヒロインは、女用心棒のバルサNHKドラマでは、綾瀬はるかがその抜群の身体能力を発揮してかっこよく演じています)。バルサは精霊の卵を宿し、帝から命を狙われる王子チャグムを助けてくれと妃に頼まれます。このエピソードについて齊藤さんは、人間には助けを求められたときに半歩先に出て助ける人と、求めを断る人がいる、バルサは助けなくても良いチャグムを助けた、それはなぜかと上橋さんに尋ねました。
上橋さんによれば、バルサは自分の理想なのだと。自分は半歩先に出て助ける人をかっこいいと思う。そのように生きる人を描きたい。自分が描く主人公は、齊藤さんみたいですね、と語る上橋さんの表情には、にこやかさの中に凄みがありました。