12万年前の地層から出た「日本最古の石器」への疑問

日経新聞一面によれば、島根県の「砂原遺跡で12万年前ごろの日本最古とみられる旧石器20点」が見つかったそうだ。「日本最古の石器か 12万年前の地層で出土」の見出しで、写真入りで報道されていた。朝日新聞でも一面でこの発見を報じていた。
残念ながら、発見されたものは人間が作った石器ではないか、あるいは石器の時代推定の誤りか、いずれかだろう。ヒトの進化についての最近の研究を少しでも知っていれば、すぐに判断がつくことだ。
ヒトの祖先がアフリカを出て西アジアにひろがったのは、およそ5万年前のことである。その根拠については、とある方の質問に答えるためにまとめたメモがあるので、転記しておこう。
(1)Ingman et al. (2000) Nature 408:708-712による、分子系統樹にもとづく52,000±27,500という推定値。なお、ヒト(ホモ・サピエンス)の起源は171,500±50,000であり、起源後にアフリカで多様化を遂げたのち、52,000±27,500年前に、アフリカ以外の地域の全系統の祖先が分かれた。
(2)遺跡など考古学の証拠に関するShea (2003) Evolutionary Anthropology 12: 173-187の総説。ホモ・サピエンスは約10万年前にいちどLevant(イスラエルレバノン周辺地域)に進出し、ネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルターレンシス)と共存したが、その後再びネアンデルタール人だけの時代となり、アラビア半島ホモ・サピエンスが再びあらわれたのは約5万年前。
(3)Mellars (2006) PNAS 103:9381-9386。この文献では、mtDNA配列のミスマッチの分布をもとにアフリカからの分散時期をおよそ6万年前としているが、推定値は突然変異率の推定精度に依存すると注記している。また、考古学の証拠の点では、アフリカから西アジアへのホモ・サピエンスの移住に関して5万年前、という数字を使っている。
(4)Mellars (2006) Science 313: 796-800. 西アジアから東アジアへの移住を at least 55,000 yrBPとしているが、mtDNA突然変異率の最新の推定値によるとこの年代は過大評価かもしれない、と注記している。
このように、DNAからのデータと、中近東などにおける遺跡のデータは整合的である。これらの証拠から、東アジアへのホモ・サピエンスの移住が5(-6)万年をさかのぼることは、まずあり得ない。
もし「日本最古の石器」がほんとうに12万年前のもので、ほんとうに石器なら、NatureかScienceに発表できる大発見だ。自然科学の研究なら、このような発見は、専門家の審査を経て論文としてアクセプトされて初めて、科学的発見として認められる。今回、論文原稿が審査される前に新聞で大々的に報じられたことは、とても残念だ。あの捏造事件から、研究者も新聞も、論文として審査されることの重要性を学ばなかったのだろうか。