見えるものこそ・・・高校生と高原で過ごした2日間

高大連携合宿のファシリテーターとして、週末は高校生と一緒に、九重山麓のホテルで過ごした。テーマは「環境を科学する」。
254人の参加者(高校生)が、8つのサブテーマグループに分かれて、1日半、サブテーマについて討論し、ポスター発表をしあげるという趣向である。
私が担当したのは、サブテーマ8「生物・生態系の視点から見た環境」。以下は、事前学習資料の説明文である。

人間活動の拡大によって、森林・干潟など、地球環境を支えている生態系が急速に失われています。そして、地球上の生物は、恐竜が滅んだ時代よりも早い速度で滅びつつあります。一方で、人間が水田や森林の利用をやめたために、里山の生物が急速に滅びつつあります。さらに、多くの外来生物が定着し、在来種の存続を脅かし、自然の生態系を変化させています。このような生物・生態系の変化は、人間社会にどのような影響を及ぼすのでしょうか。この変化に対して、私たちはどのような対策をとれば良いのでしょうか。生物・生態系のしくみとバランスについて学んだうえで、私たちに何ができるかを一緒に考えます。室内学習・討論だけでなく、会場の周囲の生物・生態系を実際に観察して、学び、考える時間も設けます。


参加者は、サブテーマについて、事前に調べてレポートを用意することが義務づけられていた。
私は、鷲谷・矢原「保全生態学入門」をテキストに指定し、次の演習課題を出した。

  • 演習課題1 : 二次的自然はなぜ大切なのでしょうか?
  • 演習課題2 : 種の絶滅の恐れが高まっているのはなぜでしょうか?
  • 演習課題3 : なぜ何百万もの種が進化し、多様化したのでしょうか?
  • 演習課題4 : 野生生物の種を守ることにどのような意義があるのでしょうか?

高校生に対しても、レベルを落さず、直球勝負をしようと考えて、これらの課題を用意した。
開会式。まずは、254人の参加者(高校生)の前で、あいさつ。最初は、大学の先生らしい、やや堅苦しい挨拶が続いた。
私の前に挨拶をしたのは、ファシリテーター経験豊富なS舎長。彼は、サブテーマ4「市民活動が捉える環境」の担当である。
「サブテーマ4の人、手をあげて」
と、体を使ったレスポンスを要求。
「1番楽しいhappyなクラスにしよう」
と呼びかけて、あっという間に、会場の雰囲気を変えた。さすがはS舎長、手馴れている。
次の私が、雰囲気を盛り下げるわけにはいかない。そこで、次のような挨拶をした。

いま、ゲド戦記に、はまっています。もう2回見ました。ゲド戦記のポスターに、見えぬものこそ、って書いてありますね。生態系というのは見えません。でも、生き物は見えます。私の専門は、生き物なので、見える生き物を通じて、見えない生態系について、みなさんと一緒に考えていきたいと思います。


その後1日半、サブテーマグループ8では、6つの班に分かれて討論を繰り返した。
まず、各班で、事前学習を通じて、よくわからなかった点をひとりひとりにあげてもらった。参加者ひとりひとりは、右隣の人の疑問をよく聞いて、覚えておくように指示した。この作業が済んだところで、「他己紹介」をはじめた。
他己紹介」をする人は、自分ではなく、右隣の人を紹介するのである。「こちらは、○○高校のU先生です。外来種が生態系に与える影響について、詳しく知りたいそうです」といった具合である。パートナーのU先生(高校の先生)に事前に質問をしておいて、この例を実際に使って、高校生に「他己紹介」の方法を説明した。
他己紹介」をすれば、他の参加者の意見をよく理解し、自分なりに整理せざるを得ない。この作業は、討論をする際の基本である。まず、他の参加者の意見をよく聞く。そのうえで、自分の言葉で、他の参加者にわかるように説明する。この作業は、参加した高校生にはとても新鮮だったようだ。
他己紹介」の間に出た疑問は、ホワイトボードに書き出して記録した。書き出してみると、「種の絶滅は生態系にどんな影響があるのだろう」という疑問をあげた参加者が多かった。そこで、この問題について、事前学習で調べてきた知識を出し合って討論し、ポスターをまとめてもらった。
最初から、とても上手にポスターをまとめた班もいたが、多くの班では、「悩み」がそのままポスターに表現されていた。
それもそのはず、高校生は「見える生物」についての具体的な知識を持っていないのだ。この状態で、「見えない生態系」について、一生懸命考えると、勢い、思考は抽象的になる。
上手にポスターをまとめた班は、抽象化された論点の整理に加えて、適切な具体例を紹介していた。
夜は、花と送粉昆虫の関係などについて、スライドを使って、私ができる、もっとも面白い話をした。ここで、「見える生き物」についての具体的な知識をおぎなった。そのあと、半日の間に学んだことと、残る疑問点を、レポートに書いてもらった。
ポスター発表の際の討論の印象とはまったく異なり、レポートはどれも、よく書けていた。高校生は、話すことより、書くことのほうが、はるかに得意である。
2日目の朝は、近くのタデ原湿原に出かけて、「見えるもの」を見た。ちょうどシモツケソウが美しく咲いており、オオマルハナバチシモツケソウに訪花している様子も観察できた。私が植物に惹かれるきっかけとなったサワギキョウの花も満開だった。中学生時代の昔話をしたりしながら、湿原を高校生と歩いた。
タデ原湿原では、ススキが増えて、湿原の植物が減りつつある。地元では、湿原を守る取組みがはじまっている。そんな事情も紹介しながら、「どうしてススキが増えたのだろう」という問題を投げかけて、考えてもらった。
ホテルに戻り、各班で、この問題について討論をしてもらった。この課題については、ポスターは作らず、ホワイトボードに各班の回答を書き出し、そのあとで私が解説をした。ほとんどの問題点が指摘された。やはり、見ること、体験することの教育効果は絶大である。
タデ原湿原についての討論が済んだあと、昨夜のレポートを紹介した。「○○高校のTさんは、ミツバチに蜜を吸われないように工夫している花に対して、ミツバチが適応進化する可能性はあるか、という疑問を持っています。とても良い着眼ですね。その可能性は、あると思います。しかし、これまでのところ、ミツバチの仲間で口吻が長くなる進化はあまり起きていません。マルハナバチの仲間では、口吻が長い種や短い種が進化しました。これはたまたまそうだったのか、それとも、持っている遺伝子に何か違いがあるのか、どちらの可能性もあります」・・・・といった具合に、33人分の疑問を紹介し、簡潔に答えた。
午後は、「生態系や種を守るために、自分たちに何ができるか」というテーマについて、班ごとに討論をして、ポスターを作ってもらった。この時点では、かなり討論にも慣れ、ポスター発表がどういうものかについても、飲み込めていた。そのため、2回目のポスター発表では、1回目に比べ、格段の進歩が見て取れた。自分たちの視点で考えることができるテーマが功を奏した面もあるだろうが、ポスターを作成しているときの活気や熱気が、目をみはるほど高まっていた。
そのあと、九大新キャンパスでの生物多様性保全事業について、スライドで紹介したのだが、さすがに疲れが出て、うとうとしている高校生がいた。こちらも、話をしながら、集中力が途切れるときがあった。途中で質問を受け付け、窓を開けて気分を変えたりして、講義を乗り切った。
夜は、1日半で学んだことを、班ごとに相談して、ポスターにまとめた。この段階では、私がやることはほとんどなかった。みんな、楽しそうにポスター作りをしてくれた。そして、6つの班が、それぞれの特色を出して、とても良いポスターを作ってくれた。
「生態系とは何か」の説明に、「見える生物」と「見えない機能」という表現を使った班があった。タデ原湿原で体験した内容を組み込んだ班もあった。
実際に見たこと、体験したことと、見えないものについて考えたことのバランスが、うまくとれていた。
10時半すぎに、閉会。みんなのサイン入りの「修了証」をもらった。この「修了証」は、最終日に参加者がもらうはずのものだが、どこからか1枚手に入れて、みんなのサインを書き込んで、私に届けてくれた。大学では、こういう経験はないので、照れくさいものの、すなおに嬉しく感じた。どうも、ありがとう。
合宿は今日の午前中まで続いたが、私は大学院入試に対応するため、昨夜11時に九重のホテルを後にした。玖珠のサービスエリアで眠気をさまし、自宅にもどったのは午前1時だった。
今日は、8つのサブテーマがシャッフルされたグループで、ポスター発表をして、他のサブテーマグループに自分たちの学びの成果を紹介し、他のグループの成果を学んだはずである。
大学の教官で、高校生に対応できるスキルを持つスタッフを選抜しての合宿だったので、他のサブテーマグループでも、きっと充実した成果が得られたことだろう。最後の発表が聞けなかったのが、残念だった。
大学での教育・研究だけでも、十二分に忙しいので、高大連携合宿にまで対応するのは、本当に大変だ。しかし、さまざまな思惑が交錯する大学内での日常に比べ、純粋に教育の喜びにひたることができた。心が洗われる2日間だった。

※ S舎長のブログでは、サブテーマグループ4の様子が紹介されている。私のグループのモチーフが「見えるものこそ」なら、こちらは「一番ハッピー」。