なぜ地球の生きものを守るのか?

yahara2010-04-24


今年は国際生物多様性年。10月には、生物多様性条約第10回締約国会議が名古屋で開催される。このため、生物多様性に関する社会的関心が高まっている。福岡―東京便のJALの機内でも、生物多様性に関する広報ビデオが流れ、多くの乗客が「地球のいのち つないでいこう」というメッセージに耳を傾けていた。新聞各紙は、生物多様性の問題を大きな紙面を割いてとりあげ、そして、生物多様性に関する良書の出版があいついでいる。私も一冊の本の出版に関わったので、今日はその紹介をしよう。
「なぜ地球の生きものを守るのか?」・・・以下の本では、この問いを正面から取り上げた。まさに直球勝負の一冊である。生物多様性についてこれから学ぼうという人にも、ある程度知識を持っている人にも勧められる『決定版』入門書のつもりで作った。4名の共著者の協力を得てすばらしい入門書に仕上がった。

なぜ地球の生きものを守るのか?
日本生態学会編 エコロジー講座3
宮下直・矢原徹一 責任編集
文一総合出版
ISBN:9784829901472
2010年4月20日発行 1600円

日本生態学会では、毎年公開講演会を開催している。本書は、公開講演会の講演内容を単行本化した「エコロジー講座」シリーズの3冊目であり、以下の解説が収録されている。

  • 仲岡雅裕:アマモ場の生物多様性と機能
  • 高村典子:なぜ、どのように、湖沼や池の生きものを守るのか?
  • 宮下直:里山生物多様性を支えるもの
  • 梶光一:野生動物とのきずなを取り戻す
  • 矢原徹一:なぜ地球の生きものを守るのか?

仲岡さんの原稿では、「アマモ場」という私たちにあまりなじみのない沿岸生態系がとりあげられている。冒頭で、「アマモ場」に生えている「海草」は、実は花が咲く陸上植物の仲間であるという意外な事実が美しい写真とともに紹介され、読者は一気に「アマモ場」の世界へとひきこまれる。水面を漂うウミショウブの花は幻想的で、水面をおおうアマモの写真は輝きに満ちている。写真を見ているだけでも楽しいが、「海草」が陸上の植物から4回独立に進化したという分子系統学の成果や、海草の生産性は陸上の熱帯雨林に匹敵するという生態学の成果などを知ると、さらにわくわくしてくる。こうして読み進むうちに、「アマモ場」という沿岸域の藻場が、魚・鳥・ジュゴンなど多くの生きものを支える貴重な生態系であることが自然に理解される。そして、「1980年代以降は、実に1年間に7%の割合でアマモ場が世界から消失しています」という衝撃的な事実が紹介されている。仲岡さんの章は、生物多様性の価値と現状に関する、とてもわかりやすく、かつ心に響く入門となっている。
この調子で各章を紹介していると長くなるので、すこし先を急ごう。高村さんの章は、陸水生態学の第一人者による、湖沼や池の生態系と生きものに関する解説。「小さい池の集合として保全する」「外来種駆除のジレンマ」「生きものを介したかかわりを繋ぐ」など、重要なポイントが筆者の体験をもとに生き生きと紹介されている。
宮下さんは、「環境のモザイク性」「環境の組み合わせは生物多様性を高める」「空間と生きもののネットワーク」など、生態学上のかなり高度なテーマについて、最新の考え方・データをわかりやすく解説し、「里山はなぜ生物多様性が高いか」という問いへの答えを示されている。里山に関心がある人には、ぜひ読んでほしい解説だ。
梶さんは、エゾジカ管理を題材に、「為すことによって学ぶ―フィードバック管理」の考え方と実践的技術について紹介されている。いまや全国的課題となった野生シカ問題に関心がある人には、格好の入門書だ。食べて利用することの大切さの紹介とともに、シカ肉料理の解説コラムも添えられている。
そして私の章では、「なぜ地球の生きものを守るのか?」というテーマに正面から取り組んでいる。公開講演会での講演を引き受けた後、「なぜ地球の生き物を守るのか?」について約10カ月かけて考えを練り、書き上げた原稿である。「はじめに」「危機の現状」「危機の歴史」「危機の意味」「危機を越える」という5部構成である。
「はじめに:地球にはどれくらいの生きものがいるのか」では、地球が水惑星という奇跡的条件を持つこと、生きものどうしの共進化が多様性を生み出したことを紹介している。
「危機の現状:生物多様性の危機をもたらしているものとは?」では、地球温暖化森林伐採・化学肥料による水質悪化という3つの要因をとりあげ、最新の成果をもとに、絶滅の現状を要約している。
「危機の歴史:私たちは生物多様性をどのように利用し、どのように失ってきたのか?」では、ヒトがアフリカを出て世界中に移住する過程で、約52,000年前の間に適応進化をおこしたという事実から説明を始めた。ヒトが適応進化を遂げると同時に、多くの動植物もまた人間が作り出した環境に適応進化を遂げた。この認識は、生物多様性の危機を正確にとらえるうえで、とても大切だ。ヒトは「多種多様な生物を食べる」ことに適応した種であり、産業革命が始まる前までの歴史は、生物多様性に支えられて発展した。生物多様性の問題は、産業革命とそれがもたらした市場経済の発展が、もはや持続可能ではなくなっているという現実に深く結びついている。
「危機の意味:生物多様性にどのような価値があるのか?」では、里山や森林を例に「生態系サービス」について紹介し、「自然共生社会」という日本が提起している目標の重要性について述べている。また、「生態系サービス」の中でも、種の多様性が重要な送粉サービスを重点的にとりあげ、「多様性が多様性を支える」という生態系の性質について解説している。
「危機を越える:私たち一人ひとりにできること」では、「旬の食べものを食べよう/生きものに目を向けよう/子供と一緒に外に出よう/選択できる消費者になろう」という4つの行動を提案した。地球温暖化対策に関しては、「マイナス6%」というわかりやすい目標が大きな社会的共感を得た。生物多様性損失への対策についても、市民一人ひとりが取り組める目標が必要だ。この目標について私なりに知恵をしぼった結論が、4つの提案だ。
「旬の食べものを食べよう」という提案は、私たちの健康に関連した目標だ。本来、生物多様性資源(自然の恵み)は季節とともに変化し、そして私たちの体は四季おりおりに得られえる多様な食物を食べることに適応している。つまり、年中食べられる冷凍食品などを食べることは、環境により大きな負荷をかけるだけでなく、健康にも良くない。肉中心の食生活をあらため、旬の魚を食べるほうが健康に良いのだ。この目標はまた、「地産地消」という目標にも通じ、輸送過程で発生する炭酸ガスを減らすことにもつながる。
「生きものに目を向けよう」という提案は、文化と科学に関連した目標だ。写真・絵・日記・俳句など、自分にあった方法で生きものを記録することを勧めている。この行為もまた、進化的に獲得されたヒトの本性にねざすものだ。ヒトは自然への好奇心を持ち、自然に関する知識を増やすことを通じて進化してきた生物である。したがって、誰でも潜在的には自然への好奇心を持っている。その好奇心を伸ばすことは、人間らいし豊かな生活につながる。
「子供と一緒に外に出よう」という提案は、教育に関連した目標だ。子供は本来、自然と接しながら育つようにできている。しかし、現代日本の教育は、子供を自然から引き離してしまった。生徒を野外に連れ出して自然教育をできる小学校教師はごくわずかだし、わずかにいても、学校教育の中で子供を外に連れ出す時間はなかなかないのが現実だ。このため、子供たちは自然から隔離された、きわめて不自然な環境で育っている。この現状を変えようという提案は、多くの父親・母親から共感が得られると思う。
「選択できる消費者になろう」という提案は、経済に関連した目標だ。生物多様性損失は、企業活動と深く関連している。このため、生物多様性を損失させている企業の商品が売れず、生物多様性をまもり育てている企業の商品が売れるようになれば、企業活動による生物多様性損失は、次第になくなるはずだ。このような消費者の選択を可能にするには、適切な認証制度や、徹底した情報公開が必要だ。制度はまだまだ未整備だが、生物多様性条約第10回締約国会議に向けて、日本の企業や行政の取り組みも活発になってきた。今年は消費者による選択を発展させるチャンスである。
そして最後の節「危機を越える:なぜ地球の生きものを守るのか?」では、この問いへの私の答えを以下のように書いた。

なぜ地球の生き物を守るのか? それは、私たちの暮らしをより豊かなものにするためです。地球の生き物は、私たちにさまざまな生態系サービスを提供してくれます。私たちはまた、造花よりも生花を好み、たった一種類だけの花束よりも、多種多様な花のブーケを好む生き物です。地球の生き物たちが次々に消えている事実は、経済的に大きな損失であるだけでなく、私たちの暮らしが次第に貧しいものになっていることを意味します。幸い、地球にはまだ多種多様な生き物が暮らす生態系が残されています。これらの生き物と共生し、物質的にも精神的にも豊かな社会を築くためには、多くの市民の協力が必要です。4つの提案のどれでも良いので、取り組みを始めてみてください。きっと、毎日の暮らしがもっと新鮮で豊かなものになるでしょう。

生物多様性条約第10回締約国会議まで、あと半年を切った。私たち一人ひとりに何ができるか、本書を読んでぜひ考えてみていただきたい。
なお、本書には、5名の著者が撮影したオリジナル写真とともに、生態学会盛岡大会で企画された写真展「生態学者が選ぶ『未来に残したい森羅万象』」に寄せられた47点の写真が使われている。それぞれの写真に、撮影者の思いが込められている。これらの写真は本書のテーマに対するもうひとつの答えと言っても良いだろう。美しいカラー写真を楽しみながら、本書を通じて生物多様性への理解を深めていただければ幸いである。