「生物多様性・生態系研究のこれからの戦略」午後の部

午後の最初は、奥田さんによるマレーシア・パソでの持続的利用のための生態系管理の話。森林がアブラヤシ農園などに急速に変えられていく現状では、迅速なアセスメントが必要。そのためには、生態系サービスの価値に関するデータベースの整備と、GISを活用したスケールアップが有効。データベースを地図に外挿することで、リスク評価・費用便益分析を行い、適切な生態系利用計画を提示できる。
高度経済成長を経た日本では、物資的手豊かさを手に入れた一方で、自然環境を失ったと考える人が多い。しかし、発展途上国では、事情が違う。「治山治水」的な考え方に、エコツアーの観光資源に利用できるような自然資源の保全という、実利的な考え方が重要だと思う。
次は、海洋研の西田さん。過去5年間に展開されたDOBIS(Dynamics of the Ocean Biosystem)プロジェクトの説明。Evolution, Population, Function, Interaction, 総括班の5つのグループで構成された。5年間のプロジェクトにおいて、進化的な視点が重要な役割を果たした。
魚類の分子系統学的研究は、あまり大きな成果をあげていなかった。その理由は、情報量の不足にあった。そこでミトコンドリアDNAの全配列を500種以上について決めた。その結果、魚類の主要な系統関係を決めることができた。今後は、全魚類種の配列決定をめざす。
種レベルでも重要な発見。たとえば、琵琶湖のコイは、飼育されているコイや、ヨーロッパや中国のコイを含むクレードに属さないユニークな、歴史の古い系統だった。行動習性も違っていた。各地の水系に導入されたコイが水を汚すのは、行動習性の点でネイティブの系統と異なるためかもしれない。
非常に迫力のある話だった。系統関係の解析は、保全上も重要な情報を提供する。多様性と生態系機能の相関から多様性の意味を立論するアプローチより、私は西田さんのような徹底した分子系統学的研究をして、その研究材料としての価値をアピールするほうが、「研究戦略」の政策を考える人たちに対しては、明快ではないかと思う。もちろん、どちらが欠けてもいけないのだが。
次は、Louise Jacksonによる、農業生態系における生物多様性の話。混植が害虫を減らす効果、土壌の生物多様性が病気を減らす効果、中規模かく乱が多様性を高める効果、メタ個体群を維持する重要性の説明に続いて、土地の農業利用が哺乳類などの生物多様性を減少させている現実や、世界の多様性ホットスポットと農業利用の関係などについての話が続き、そのあと農業と生物多様性の関係に関するDIVERSITASのプランの説明。カリフォリニアにおける大規模単植栽培の問題点(生物多様性が低い)の指摘のあと、有機農法によって植物の多様性を高めるとか、有機物を加えることによって土壌の質を改良するなど、全体として有機農法的な色彩の強いアプローチが提案された。合衆国の農業の現状への批判的アプローチだが、合衆国でどの程度支持されるのだろう。日本の農業は規模が小さく、彼女の主張をかなり達成している面もある。一方で、後継者難という大きな問題がある。
次は、Ann KinzigによるUrban areaに関する話。現在、世界の人口の大部分は都市に暮らしており、自然環境保全に対する態度や倫理は、都市生活から導かれているという指摘には、納得する。都市における生物多様性と生態系機能の関係は? 都市は保全計画の対象とされることはないが、実は都市には多くの生物が暮らしているし、外来種拡大のソースにもなっている。都市をBiological systemとみて研究する必要があるという指摘は、新鮮だ。
都市はまた、Social-Ecological systemでもある。居住者がどのような環境を望むかは一律ではない。そのため、収入・人種などの居住者の社会的特性が、都市生態系の特徴を変える。なるほど。
さらに第3の視点が提示された。都市はcomplex adaptive systemでもある。適応複雑系では、小さなインプットが、大きな変化をもたらす場合がある。都市を適応複雑系と見て研究することで、都市を持続可能なトラジェクトリ(変化の軌跡)にのせることが可能ではないだろうか。
視点が私にとって新鮮だったので、ウェブサイトを検索して、上記の名前にリンクを設定しておいた。