酒飲みの遺伝子

酒の話題が続いたついでに、「酒飲みの遺伝子」についてメモしておこう。酒に強いかどうかは、肝臓でアセトアルデヒドを分解するミトコンドリアアルデヒド脱水素酵素2の遺伝子 ALDH2 の1塩基の違いで決まっている。詳しくは、たとえば、「脂質と血栓の医学」サイトの「飲酒とアセトアルデヒド」の解説を参照。このことがわかったのは、かなり前のことだ。筑波大の原田勝二博士によるALDH2多型の発見は、1980年に論文として公表されている。最近、この遺伝子についての研究が進み、病気との関係がわかってきた。

約40%の日本人では、1塩基の変異(ALDH2*2)のためにALDH2が正常に作られない。ALDH2の活性がまったくない人(ALDH2*2のホモ接合型)は、酒がまったく飲めない。ALDH2*2についてヘテロ接合型の人は、ALDH2の活性が低いため、酒を飲むとすぐにアセトアルデヒド血中濃度が増大し、顔が赤くなったり、動悸がしたりする。そのため、ALDH2*2のヘテロ接合型の人が飲酒を続けると、肝細胞障害が、発生しやすい。ここまでは、私も以前から知っていた。

さらに、最近の研究によると、ALDH2*2をもつ人はアルツハイマー病に1.6倍罹りやすいそうだ。この関係を調べた研究者たちは、「アルツハイマー、お酒に弱い人は要注意」と警告している。さらに、ALDH2ヘテロ欠損者は食道がんにもかかりやすい

ところで、日本人ではなぜそれほど、ALDH2*2の頻度が高いのだろう。おそらく、酒を飲む文化と関係していると思う。ALDH2がないと、活性酸素などによって生じるアセトアルデヒドを分解できないので明らかに不利だが、「機能型」のホモ接合だとと、酒量が増えて、肝機能障害を起こしやすいだろう。このため、ヘテロ欠損者の適応度が高いのではないか。つまり、ALDH2の多型は、「超優性」淘汰によって維持されているのではないだろうか。

以前からこのように考え、ALDH2に関する分子進化の研究をしたら、面白いだろうと思っていた。昨年、Yale 大学医学部の Hiroki Oota さんらが発表したThe evolution and population genetics of the ALDH2 locus: random genetic drift, selection, and low levels of recombinationと題する論文によれば、やはりこの多型には、淘汰が働いているようだ。

酒はほどほどが良いというわけである。