To be, or not to be: that is the question

あわただしい職場を離れて、いまは延岡行きの普通列車の車中にいる。
昨日は、オバマ大統領誕生のニュースのあとで、研究室に滞在中の英国人Cさんと一緒に昼食をとった。彼はオバマ大統領誕生のニュースをあまり喜んでいないようだったので、理由を聞いた。難しい議論になったので、正確に理解できているかどうかやや自信がないが、要するに「八方美人」であるところが納得いかないようだ。たとえば中絶を認めるかどうかという問題。彼はクリスチャンとして、中絶には反対のようだ。オバマの主張はといえば、「中絶に賛成か反対かで意見が分かれても、中絶するかどうかを悩まなければならない事態を予防するための措置にはみんなが賛成するだろう。対立を回避して、共感を大事にしよう」というものだ。
Agree or disagree, それをはっきりさせたうえで、人間としては相手を憎まないのが正しい態度だ、というのがCさんの主張のようだ。
これに対して、私は次のような意見を述べた。日本人はagree or disagreeをはっきりさせることをさほど好まないことが多い。たとえば、I would like to agree with you partially, but…というように、主張をあいまいにすることによって対立を避けようとする。多くの問題では、唯一の最適解が決まることはない。あいまいさを残しつつ合意し、決定的な対立を避けようとする。
もちろん、そうでないことも多いが、このような「あいまいさ」が日本人の思考や行動の傾向としてあることは確かだろう。そこが欧米から見た日本のわかりにくさの一因だろう。若いころの私はこのようなあいまいさに反感を抱いていたが、最近はこれもひとつの方法だと考えるようになった。
このような話題にはじまって、キリスト教と仏教の違い、チベット仏教と日本仏教の自然観の類似など、興味深い議論をしていたら、1時からの教務委員会の呼び出しがかかり、現実に引き戻された。
さて、オバマ大統領。一方では野心家でもある。

彼は、イラクからの撤退を公約しているが、アフガニスタンには増派すると主張している。伊藤さんを失った日本人のひとりとして、彼の主張は支持しがたい。しかし、両方から撤退するという主張では、アメリカの威信を重視する合衆国民の支持は得られないだろう。そこを計算して、強いアメリカを演出する舞台を選ぼうとしているように見える。「ひとつの合衆国」路線を実行するには、常に国民の「共感」を引き出す新しい行動が必要とされる。ある局面では、タカ派的な行動に出る可能性も否定できない。
オバマ大統領に課せられたもうひとつの難題は、新自由主義、あるいは日本で「小さな政府」と呼ばれている市場重視の路線を修正し、21世紀型のニューディール政策を実行しなければならないことだ。しかも、景気後退局面での金融危機を打開しなければならない。資本主義にとって新たなチャレンジであることは疑いない。9月の金融危機で政策的にぶれなかったことから、優れた経済ブレーンを背景に、自分が信じる政策を実行するパワーに期待が集まっている。大統領選圧勝のひとつの要因はこの点にある。

  • 「時」こそ人間の支配者だ、人間を生かしもすれば殺しもする。(ペリクリーズ;小田島雄志訳)

いま、オバマ次期大統領は、「時」に生かされていると思う。しかし、景気は容易には回復しないだろう。大型の財政出動によって雇用を創出するという古典的な手法を、大きな財政赤字の下でとらなければならない。いつまでも「時」が見方するわけではない。それはオバマ陣営もよくわかっているので、次々に手を打つはずだ。イラク撤退は、おそらく財源確保という側面も考えての判断だろう。大局観と目先の読み、このいずれにおいても手を間違えないことが必要だ。チーム・オバマの「次の一手」に世界が注目している。打つ手が「好循環」を作り出せるかどうか、そこが勝負の分かれ目だろう。幸い、民主党が大勝し、政権基盤は強固である。21世紀型のニューディール政策を成功させて、資本主義の新しい可能性を切り開いてほしいものだ。

  • このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ(ハムレット

ハムレットの有名なせりふを小田島雄志さんはこう訳された。名訳だと思う。ハムレットは結局、考えるだけで行動できなかった。オバマ次期大統領には実行力があると多くの支持者が考えているが、個々の局面では判断に迷うこともきっと多いに違いない。オバマ次期大統領の強みは、問題を安易に二者択一にしないことだが、逆にその態度が弱点になる局面もあるかもしれない。
いずれにせよ、歴史は大きな転換点を迎えた。オバマ次期大統領の決断によって、時代が大きく、より良い方向へと動くことを期待したい。

  • そもそも人間の真の姿が立ちあらわれるのは運命に敢然とたちむかうときをおいてほかにはない。(トロイラスとクレシダ;小田島雄志訳)