テラビシアにかける橋

誰しも生きていれば、大切なものを失うことがある。それは深く愛した人との別れかもしれないし、親友との死別かもしれない。しかし人はその悲しみをのりこえたとき、もっと大きな心を手に入れることができる。この普遍的メッセージをテーマに作られた、少年と少女の出会いと別れの物語−それがこの映画である。【以下、あらすじにふれる】
主人公は、絵を描くときにだけ自分の存在を感じられる孤独な少年ジェスと、その少年の学校に転校してきたバイタリティとイマジネーションにあふれる少女レスリーレスリーは変わり者なので、前の学校では友だちがいなかったが、ジェスとはすぐに打ち解けあう。二人には、想像の世界を描き出すことができるという共通点があった。そして、ジェスは絵の世界に閉じこもっていたが、レスリーは想像の物語を外に向かって語る力を持っていた。その力に惹かれて、ジェスははじめて他人(レスリー)に心を開く。
孤独な少年が心を開くパートナーとして、天真爛漫な少女という設定は自然だ。ジェスの目線から見て、レスリーは不思議で、チャーミングで、生命力にあふれている。そして自分を正面から受け止めてくれるはじめての存在である。
ジェスを森に連れ出したレスリーが、彼に語る言葉は、この物語の重要なモチーフだ。
Close your eyes, and keep your mind wide open(目を閉じて、そして心の目をしっかり開いて)
その後二人が樹上の小屋を修理し、秘密基地を作って森で遊ぶエピソードは楽しい。私も小学生のころ、ヤマモモの樹の上に友人と秘密基地を作って遊んだことがある。ただし、友人はみな男の子だった。レスリーのような女の子が仲間にいたら、どんなに楽しかったことだろう。一緒に小屋を作って遊ぶ年頃であれば、まだ恋が生まれる前の、少年と少女の友情が育つかもしれない。この映画では、そんな微妙な年頃の、純粋で希望にあふれた交友が描かれている。
しかし、楽しい日々はある日突然終わりをつげる。ジェスがレスリーに内緒で美術館に出かけた日に、レスリーは風のように去っていく。レスリーとの別れが待ち受けていることを私は事前に知っていたが、映画を観てあっけにとられた。そうか、そういうことだったのか・・・。
何が起きたのか、受け止める余裕をもてないジェスは、妹を突き飛ばしてしまう。しかしやがてジェスは自分が何をすべきかを悟り、森と家を隔てる川に橋をかける。そして妹を森に案内し、レスリーがジェスに語ったように、妹にこう語りかける。
Keep your mind wide open.
そのとき、テラビシアの全貌が二人の前に姿をあらわす。涙なしには見られないシーンである。
これは少年の自立の物語である。少年は、友情とほのかな愛情、そして大切な人を失う悲しみを通じて成長していく。そして、自分が受け取ったものを誰かに手渡すことの大切さに気づいたときに、彼の前に大きな世界が広がっていく。
少年・少女時代のきらきらとした純粋さは、いつの時代にもまぶしい。そのまぶしい光の中で語られるジェスとレスリーの物語は、大人にも感動を与えるが、子供にこそ観てほしい。この映画が吹き替えでなく、字幕版であり、しかも年度末に上映されているのは残念だ。夏休みに、吹き替え版で上映してほしかった。
レスリー役のアナソフィア・ロブは、まぶしいばかりにきらきらと輝いている。彼女の輝きが大きいほど、別れの悲しみも大きくなるのだが、その役割を見事にこなしていて、文句なしのキャスティングである。しかし、この映画の成功は、ジェス役のジョシュ・ハッチャーソンぬきでは考えられない。ポスターでは平凡な少年に見えたが、どうしてどうして、まぎれもなくこの映画の主役である。この役は、イケメンでも、三枚目でもつとまらない。深い孤独と激しい後悔を演じなければならないし、一方で笑顔にはレスリーの輝きに負けない豊かさと優しさが要求される。ジョシュ・ハッチャーソンはこの難しい役どころを、見事に演じた。監督はよくぞこの子役を発掘したと思う。
派手さはないが、良心的に作られた心温まる名作。ぜひ多くの人に見てほしい映画だ。