雪を作るバクテリア

スキー場で人工雪を作るには、Snomaxという粉末を空中散布する。水滴が凍って雪になるには、通常はー7度以下の低温が必要だが、このSnomaxを散布すると、−3度で雪が降る。Snomaxが氷核となって、凍結温度を上昇させるのである。
このSnomaxは、実はPseudomonas syringaeというバクテリアを滅菌した粉末である。死んだバクテリアを大量にばらまいて、雪を降らせているわけである。
バクテリア粉末を噴射している様子は、Snowmakers 社ウェブサイトの画像ギャラリーで見れる。
このPseudomonas syringaeというバクテリアは、さまざまな植物の葉の上で増殖し、霜害をひきおこす。葉が元気なうちは、植物のさまざまな防御機構がはたらくので、細菌は増えにくい。また、植物の葉の表面には、植物から資源をもらうかわりに、植物を防御する「善玉菌」もいる。元気な植物の葉のうえでは、「善玉菌」も元気だろう。霜害は、このような植物の防御機構や、「善玉菌」の活性を弱らせる絶好の手段となる。
晩秋や早春には、夜に温度が下がり、葉の表面に水滴がつきやすい。この水滴を凍らせてしまえば、植物の葉の細胞を傷つけることができる。葉の細胞を傷つけば、植物の防御が弱まり、バクテリアは増殖しやすくなる。植物側は、細胞が凍結するのを防止するためのさまざまな手段を持っているのだが、このような手段で葉を守っているのは冬の間のことである。秋の早霜や、春の遅霜は、植物の葉がまだ十分に冬支度をしていない状態、あるいはすでに冬支度を解いて春の成長をはじめた状態のときに、葉面の水滴が時ならぬ凍結を起こすために起きる。このような霜害の背後には、Pseudomonas syringaeが暗躍している場合が多いようだ。
このようなバクテリアの死んだ細胞を、温度が-3度くらいに下がったスキー場で散布すると、バクテリアの細胞が氷核となって、空気中の水滴の凍結温度があがり、雪が降る。これが、Snomaxで降らせる人工雪の原理である。
一体、誰が考え付いたのだろう。なかなか奇抜なアイデアである。
現在改訂中の、植物と植物病原菌の共進化に関する総説原稿では、シロイヌナズナのPseudomonas syringae抵抗性遺伝子の分子進化に関する研究を紹介している。この関連で、上記のようなSnomaxの話題にも少し触れておいた。