ジンリョウユリ

yahara2007-05-29

予想は的中した。ジンリョウユリには、他殖的な個体と自殖的な個体の多型があるのではないかと予想していた。写真の左側は、めしべとおしべが接した自殖型の個体。一方、右側は、めしべ(柱頭)とおしべに距離があり、送粉昆虫が訪花しない限り受粉しない他殖型の個体である。自生地の集団には、この2つの型が混在していた。
この多型があると予想した理由は主として2つある。一つは、ジンリョウユリが自家和合性であるという事実。Yさんの交配実験によれば、人工的に自家受粉をしても、果実の実りはかなり良いそうだ。この性質は、明らかに自殖性を示唆する。ユリ属の多くの種は自家不和合性なので、ジンリョウユリは何らかの理由でこの性質を失い、より自殖性の方向に進化したものと思われる。
一方で、ササユリに比べ、花の色が濃く、しかも花冠の開き方が狭い。この性質は、マルハナバチ媒花を示唆している。実際、今日、自生地で観察してみると、小雨が降るなかで、トラマルハナバチジンリョウユリの花に訪問していた。マルハナバチ媒花であるということは、かなり他家受粉ができるということを意味する。
この2つの事実・解釈を両立させる仮説は、ひとつしか思いつかない。ジンリョウユリには、他殖的な個体と自殖的な個体の多型があるとしか考えられないのである。
このような多型が維持されるシナリオも、かなり限定される。ジンリョウユリは、蛇紋岩地の明るい疎林や林縁に生えるそうだ。このような環境は、遷移の進行とともに消失する。したがって、ジンリョウユリはパッチ的に生じる明るい生息地(ギャップ的な環境)にいち早く侵入し、生育に適した状態のときに開花・種子生産を行い、新しく生じるギャップ的な環境に移住するという、いわゆるメタ個体群動態によって、存続している可能性が高い。このような生活史においては、個体数が少ない定着期には確実に繁殖できる自殖型が有利であり、個体数が増えた状態では生存力の高い種子をつける他殖型が有利になると予想される。このような時間的な変動の下で、数理生態学において「ベットヘッジング」と呼ばれる多型が維持されると予想される。
生息地を訪問する前に、このような予想をしていた。生息地を見て、この予想は、ほぼ確信にかわった。しかも、私の仮説は、Yさんの経験的な印象と合致しているようだ。あとはこの仮説を裏づけるデータをとるだけである。Yさんがきっとこの仮説を裏付けるデータをとってくれるだろう。Yさんの強みは、ジンリョウユリを現地で見て、よく知っていることだ。私のささやかなアドバイスにピンと来たようなので、この仕事は8割方成功したと思う。
昨夜のプロフェッショナル(NHK番組)で、鈴木成一さんがこう語っていた。
「わくわくして作ったものは伝わるんですよ」
Yさんはいま、すごくわくわくしている。だから、この仕事はきっと実を結ぶ。Yさん、結果を楽しみにしています。