大宅賞に「黒澤明 vs.ハリウッド」

第三十八回大宅賞が、田草川 弘「黒澤明 vs.ハリウッド―『トラ・トラ・トラ!』その謎のすべて」と佐藤 優「自壊する帝国」に決定した。
「自壊する帝国」は読んでいないのでコメントできないが、「黒澤明 vs.ハリウッド」(ISBN:4163677909)はわが国のドキュメンタリー史に残る傑作だ。いつかとりあげてみたいと思っていた本のひとつである。
いま、手元に本がないし、報告書のしめきりに追われて、ゆっくり紹介している余裕もないのが残念だ。
何よりも、丁寧に資料を調べ、資料をもって語らしめているところが良い。日本のドキュメンタリーで、この鉄則を貫いた傑作は少ない。
著者は、黒澤監督とは縁のない人かと思って読み進んだが、あとがきを読んでそうではないことを知った。監督に縁があり、ある程度事情を知っていれば、つい自分の知識や経験に偏りがちになるものだ。そのバイアスを徹底して排除して、よくぞここまで、調べ上げて書いたものである。
結果として、20世紀フォックス側のプロデューサ、エルモ・ウイリアムスの手腕と人柄が公平に描かれている。彼は明らかに、黒澤解任劇という悲劇における、もうひとりの主人公だ。
日本の「棟梁」とアメリカの「プロデューサ」の違い、あるいはもっと一般的に、日本とアメリカのチームワークのあり方の違いを考えさせる本でもある。
七人の侍」では、勘兵衛(志村喬)が個性的な侍をあつめてチームを編成し、策を練り、組織を勝利に導いた。しかし、黒澤監督自身は、このようなリーダーシップを発揮することが、とても苦手な人だったようだ。
この問題についても、いつかとりあげてみたい。これは自分自身に関わる問題なので、切実でもある。