SAYURIと日中関係

もうすぐ1年が終わる。今年は、明治維新・敗戦に続く、日本近代の第3の変曲点として、後に振り返られるようになるかもしれない。しかし、まだ時代は激動のさなかにある。評価を定めるには、あと数年の時間が必要だろう。
レコード大賞番組に韓国のスターが登場し、紅白では草磲剛が流暢な韓国語を披露していた。首相の靖国参拝で、政府間の関係はこじれているが、日韓の民間交流は進んでいる。日中関係においても、民間レベルでは、前向きな要素がある。福原愛の活躍は、その象徴だ。しかし、政府レベルの関係改善は、当分の間難しそうだ。
北京市にある人民大会堂で28日、中国映画生誕100周年を記念するイベントが行われ、章子怡(Zhang Zi-yi:チャン・ツィイー)がスピーチをしたそうだ(→中国情報局ニュース記事)。彼女も、近い将来、日中の文化交流の重要な担い手となるかもしれない。
チャン・ツィイーは、SAYURIでヒロインの芸者“小百合”を好演し、ゴールデン・グローブ賞の主演女優賞候補にノミネートされている女優である。私はHERO, LOVERSを見て好感を持っていたが、ここまで国際的にブレークするとは予想していなかった。
チャン・ツィイーは、SAYURIで非常に豊かな表情を見せてくれた。子供のようにはにかむ表情、固い決意を隠した表情、芸を極めようとする凛とした表情、すべての希望を捨てた無の表情など、どれもすばらしい。圧巻は、絶望の淵から希望を取り戻す瞬間の激しい感情の変化を、涙を使わずに静かに演じたこと。ぜひ、主演女優賞をとってほしいと思う。
ちなみに、小百合の少女時代を演じた大後寿々花も、画面に登場するだけで観客を魅了する「花」を持っている。実力派の俳優陣の中で、十分な存在感があった。将来が楽しみだ。
また、おカボ(pumpkin)を演じた工藤夕貴が強く印象に残った。おカボは置屋の先輩であり、小百合の良き理解者である。小百合はそう思っていたし、映画の観客もそう思い込まされる。しかし、小百合に追い越され、置屋の中で脇に追いやられた彼女は、心の中で屈辱を感じ続けていた。そしてチャンスがやってきた。小百合を罠にはめ、小百合のもっとも大切な夢を奪い去ったおカボは、小百合に静かに言う。
「夢を奪われたものの気持ちがわかった?」
このせりふを言うときの、工藤夕貴の表情は、鬼気迫るものがあった。この映画の中で後々まで印象に残ったシーンの一つである。このシーンを含め、SAYURIにはさまざまなドラマがある。単なるハッピーエンドのラブストーリーではない。
さて、この映画に主演したことで、チャン・ツィイー章子怡)は、映画公開前に中国国内でバッシングの対象になってしまったようだ。たとえば人民网11月04日は「章子怡为何躺在日本男人身下」と題して彼女が「日本人相手に濡れ場を演じた」(躺在日本男人身下)ことをとりあげて非難し、「売身、売国」という意見まで紹介している。一方で、日本ではこのような記事が低次元の「反日記事」として紹介されている。
しかし、このようなバッシングはおそらくごく一部の報道やネット記事だけの現象だろう。中国映画生誕100周年記念行事でチャン・ツィイーがあいさつをしたことは、依然として彼女が中国において高い評価を得ている女優であることを物語っている。SAYURIが中国で公開されれば、誤解はかなり解けるだろうし、もし彼女が主演女優賞を受賞すれば、批判的な記事は影をひそめるだろう。何しろ彼女は、日本人が圧倒的に有利なはずの芸者役のオーディションで、日本人に勝ってこの役を射止めたのだ。
日中の文化交流が進み、チャン・ツィイー紅白歌合戦レコード大賞の会場に登場する日が早く来ることを祈りたい。