生物多様性三昧の1週間

 昼過ぎに延岡を発ち、福岡に車でもどったあと、日米セミナー用のポスターをかかえて羽田便に搭乗し、いまは横浜行きの京急車中である。いささか、忙しいぞ。
8日前の土曜日の長崎グリーンヘルパー養成講座に始まり、1週間で4つの講演をこなした。すべて生物多様性保全に関係した講演である。明日からの3日間も、地球環境問題としての生物多様性の変化に関する日米セミナーに参加する。
火曜日の夜に上京して出席した会議も、生物多様性の普及に関する環境省関連の検討会だった。水曜日の少人数ゼミも、新キャンパスでの生物多様性保全に関するゼミなので、この1週間あまりの間、ほぼ毎日、生物多様性に身をささげて、頭をつかっていることになる。
今日の延岡での会合は、日本環境アセスメント協会九州支部主催の研修セミナーだった。北川での大規模河川改修事業を通じて、どのような考えでアセスメントが実施され、事業計画が立案されたか、実際の事業とモニタリングがどのように行われ、保全対策や復元手法の導入に、どのような効果があったか、どのような調査・研究が行われ、それが改修事業にどのように生かされたか、などについて、私を含む4人が講演した。平成9年の河川法改正後はじめての大規模河川改修事業において、環境に配慮した事業をいかに展開するかについて悪戦苦闘してきた当事者たちによる報告会だった。前例がない事業に取り組み、試行錯誤を繰り返してきた当事者の話は、臨場感があってドラマチックである。少なくとも私以外の3つの講演は、大変わかりやすく、面白く、迫力があった。私が実は、歴史的な大事業に加わってきたのだということが、よくわかった。
この河川改修事業と並行して実施された研究は、基礎生態学的に見ても、興味深いものが多い。たとえば川原を利用する哺乳類の保全を目的とする研究では、新しいテレメトリー技術が開発され、行動を予測するためのシミュレーションプログラムも製作されつつある。工事中の騒音や振動が、哺乳類の行動にどのように影響するかについても詳細に調査されている。
大規模出水によってかく乱される河川敷の植生の動態については、年最大出水量がある値をこえると消失し、こえなければ回復するという単純なモデルを使って、出水の翌年の植生指数(植生面積に植生の遷移の状態を加味した指数)を推定し、過去の航空写真から推定された植生指数と比較してみると、おどろくほど良い一致が得られた。河川工学の研究者にここまでやられてしまっては、私の出る幕は、ほとんどない。
今日のセミナーでは割愛されたが、カワスナガニ保全を目的とする研究では、幼生の分散を記述するために拡散方程式を駆使し、幼生の飼育技術を開発し、幼生の塩分選好性を調べるために塩分勾配をつくりだす実験装置を製作して実験を行うなどの本格的な研究が実施されている。その目指すところは、カワスナガニが存続できるような河川環境の設計であるが、研究の成果は基礎生態学的に見ても、ユニークで、面白い。河川工学という分野の力は、たいしたものである。
さて、この事業を通じて、生物多様性保全に注意して事業計画をたてるという考えは、当然の了解事項だった。川に関して言えば、多様な魚がすむ環境は、当然守るべき対象なのだ。カニ類も川原の植物も、川には欠かすことのできない存在だ。
しかし、「なぜ生物多様性を守るのか」という問いに関しては、研究者の間でもさまざまな意見がある。先週開催された、個体群生態学会のシンポジウムでも、この問題について議論があったそうだ
明日からの日米セミナーでも、この問題を議論することになるのだろう。しかも、地球環境問題の一環としての位置づけを考えるらしい。私なりの考えはあるが、さて、どのような議論になることか。