総選挙と『国家の罠』

野外実習のまとめが昨日で終わり、今日は山積した急ぎの仕事に対応している。
1日が過ぎるのはあっという間で、もう夜の8時をまわった。世間では、総選挙の投票がしめきられたころだ。
今回の選挙については、解散の時点で、自民圧勝と読んだ。当時、新聞は「自民下野の可能性」と書いたが、郵政民営化法案に野党的な反対をした民主党には、決定的に不利な解散だと思った。その後の事態は、この予想どおりに展開したように思う。個人的には賛成しないが、小泉首相の「手腕」は、見事である。開票結果は、自民党の歴史的大勝に終わるだろう。
鈴木宗男元議員とともに、「国策捜査」のターゲットとなって外務省をやめさせられた佐藤優氏が、『国家の罠』(新潮社、ISBN:4104752010)の中で次のように書いていたのを思い出した(49ページ)。

歴史を振り返った時、あの時がターニングポイントとなったという瞬間がある。「小泉内閣の誕生」は、日本にとってまさにそんな瞬間だったのではないだろうか。

国家の罠』を書いた佐藤優氏は、2000年までに北方領土問題を解決し、日露平和条約を締結することを任務とする、官邸直属の特務グループのメンバーだったらしい。この任務についた官邸側の政治家が、あのムネオ氏だったという。
佐藤優氏によれば、冷戦終結後の外務省には、3つの路線が混在していた。大雑把に言えば(著者の表現とやや異なるが)、より強固な親米路線、親中国路線、そして親ロシア路線である。どの路線も、親米という点では共通しているが、今後急速に成長するであろう中国との関係改善を重視するか、地政学的判断でロシアとの関係改善を重視するか、それとも中国・ロシアとは距離を置いて、米との「同盟関係」をより強固にするか、という判断において対立があり、結果として外交のバランスがとられていたという。
小泉首相は、このバランスを壊した。親中国路線の田中真紀子氏を外相に据え、ムネオ議員を「悪玉」にしたてることによって、親ロシア路線を葬り、さらに田中外相を更迭することで、親中国路線にも打撃を与えた。
つねに問題を「二項対立」に設定し、「悪玉」をしたて、「悪玉」を葬りさることで、自分の主張を通す小泉首相の政治手法は、この当時から一貫している。
さて、総選挙。この選挙は、やはり「国家の罠」だと思う。亀井氏や綿貫氏らは、競争万能主義や市場原理主義をとらず、共同体的な秩序を重視する、生活保守的な志向性の強い政治家である。彼らは、郵政公社を民営化すれば、いずれ全国一律料金が崩れ、過疎地の郵便局網がおびやかされることにがまんがならなかったのだろう。このような政治家を葬る「罠」が今回の総選挙だったと言えるだろう。
橋本元首相もまた、この機に政治的に葬られた一人である。
自民党は変わった。今後は、競争万能主義や市場原理主義が、自民党の明確な路線となるはずだ。
この状況では、民主党が政権をとる可能性は、ほとんどない。ひょっとすると、今回の「罠」で、民主党まで葬られかねない。
しかし、この道は、一度は通らねばならない道なのかもしれない。
社会主義への幻想が消失した後の世界で、未来社会を私たちがどのように設計するかに関しては、本来かなり大きな自由度があるはずだが、今は競争や市場原理による改良に過度の期待が生まれ、社会制度の設計に関して非常に偏った路線だけが支持される状況にある。
人間はしかし、競争だけではハッピーになれない生物である。互恵的利他行動がこれほど発達した動物は、他に例がない。
進化心理学の成果をとりいれた経済学が発展すれば、社会制度の設計の中に、もっと利他的な(共同的な)政策が取り入れられるようになるだろう。
さて、選挙結果の趨勢がもう出ているころだ。