科学は豹変する

養老 孟司, 和田 昭允(著)
『科学は豹変する』
培風館 ; ISBN:4563019097 ; (2005/04); 1500円+税

昨日、授業のために出かけた六本松キャンパスで購入。通勤中に、前半を読んだ。
日本生物物理学会が市民のために開催したシンポジウムでの講演と討論が下地になって作られた本である。
DNA自動解析装置を構想した世界的な科学者である和田さんと、あの『バカの壁』の著者である養老さんの組み合わせは、私にはうまく噛み合うとは思えないが、多少は噛み合う部分があるとすれば、どういう相互作用が生じるだろう、というのが購入した時点での興味である。
前半は、和田さんと養老さんが、それぞれに語っている。
和田さんの持論が、市民向けの講演記録というわかりやすい形で、広く読まれる本に収められたことは、朗報である。「暗黙知から形式知へ」といった科学観、「生命機械には”結果的に生じた意図”がある」といった生命観、理化学研究所ゲノム化学総合研究センターでの国家的研究プロジェクトのビジョンなどについて和田さんの考えが明快に述べらている。随所に挿入された寺田寅彦の随筆も、最近の学生にはむしろ新しい興奮を呼びさますだろう。
  月を思うものは花をつくり、
    年を思うものは木を植え、
       代を思うものは人を育てる
という野口遵の言葉を引用し、「科学技術の世の中に与える効果ということを考える場合に、あまり近視眼的になってほしくない」と呼びかけている。基礎科学者の責任感がにじむ。
養老さんの話は、科学者としての発言というよりも、知識ある人間として「善」の道を説いている。『バカの壁』でもそうだった。「脳科学」や「解剖学」による形容を、科学から導かれる結論とは考えずに、人間の常識を語っているのだと思えば、かえってわかりやすいと思う。

複雑なシステムとは予測がつかないものだという事実に対して、人間はもっと謙虚であるべきなのです。自然を単純に理解したと思うと、自然をコントロールしようという発想がでてきます。人体も含めた自然が複雑なシステムであり、予測が完全にはつかないとわかれば、「手入れ」という発想でつきあうしかないのです。

科学者の私としては、「手入れ」というレトリックでは満足できない。すでに、リスクの科学や合意形成の科学が、産声をあげている。
和田さんは、科学の究極の課題は、「宇宙とは何か?」「物質とは何か?」「生命とは何か?」「人間とは何か?」の4つの問いに答えることだと述べている。この4つの問いの先には、社会や生態系といった、より複雑なシステムを相手にする科学が必要になるのだと思う。
これから学生と、ノネコの調査地、相の島に向かう。