歴史の価値を社会化・経済化するシステム

4月30日のブログに対するコメントで、「私が熱帯林には一億年の歴史の価値があるといくらいっても、その歴史の価値を社会化、経済化するシステムを考えないかぎり、研究者の自己満足に終わってしまうからである」という井上民二さんの文章を、金井さんが紹介してくださった。
この問題は、「遺跡の価値を経済化するシステムを考えないかぎり、考古学者の自己満足に終わってしまう」と言い換えてみればわかりやすい。確かに、吉野ヶ里遺跡のように、多くの観光客が訪問する遺跡公園を整備することによって、遺跡を守る道もある。それは、遺跡を保全するための有効な方法の一つだ。しかし、すべての遺跡がこの方法で守れるとは限らないし、経済化しないでも保全に関して合意ができる場合もある。また、バーミヤンの石仏のように、観光資源としての価値が高いにもかかわらず、国家の意思によって破壊されることもある。
奄美大島の自然に関して言えば、世界遺産指定を実現するのが、もっとも有効な保全策だと思う。奄美には、世界に誇れるユニークな生物が多く、十分に世界遺産に値する自然がある。しかし残念ながら、島民の中にその価値についての合意がない。地元の住民がその土地の自然を大切に思えるかどうかは、保全を実現するうえで、決定的に重要な要素である。世界遺産指定が、新たな「経済化」の道であるというビジョンについて合意できるかどうかが、奄美の自然を守るうえでは、決定的な分岐点だろうと思う。
しかし、すべての自然を「経済化」によって守ることはできない。一方で、日本は生物多様性条約を批准し、生物多様性国家戦略を定めている国である。環境基本法も制定され、行政上は生物多様性を守ることが国の基本方針となっている。井上さんが「社会化」という言葉で表現したかったのは、このような社会制度を作ることだろう。
生物多様性を大切に思うのは一つの価値観であって、経済利益を優先する価値観としばしば衝突する。このような事態において、何らかの社会的解決をはかるためには、法体系を骨格とする社会制度が重要な役割を果たす。日本では、1992年以後の10年間に、このような社会制度の整備が大きく進んだ。しかし、熱帯雨林を擁する熱帯の国々では、まだこのような制度の整備が十分ではない。井上さんは、この点を痛感し、熱帯雨林を守るための「社会化・経済化」の道を、真剣に考えていたのだと思う。
その井上さんを航空機事故で失ったことは、悔しい。悔やんでも悔やみきれない。後に続く人が、井上さんの意思をついで、「社会化・経済化」の道を実現してくれることを願うばかりである。
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