ノラネコの繁殖戦略

地下鉄車中にて。今日は、博士進学試験だった。試験は、口頭試問だ。出願者は修士論文の内容を30分で発表し、そのあと30分間、審査員(教官)の質問に答える。生態科学研究室の博士課程を志望した2名は、それぞれ、ノラネコの繁殖戦略と、ツバキ・ツバキシギゾウムシの共進化について発表した。学会発表ではないので、その内容を私が紹介することは控えよう。
ただし、「ノラネコの繁殖戦略」については、研究室の先輩による研究の蓄積がある。その内容は、紹介しても良いだろう。
「ノラネコ」と言わずに「ノネコ」と呼ぶのが、わが研究室のならわしだ。その、「ノネコ」は、いま発情期のまっ最中である。発情したメスのまわりには、何匹ものオスが群がる。しかし、ノネコのオスたちは、妙に行儀正しい。メスに交尾をトライする順番がまわってくるまで、律儀に待っている。くんずほぐれつの取っ組み合いをくりひろげるヒキガエルとは大違いだ。順番待ちの末に、メスに一番近づいたものが、交尾する権利を得る。しかし、馬乗りになろうとするオスのアプローチに対して、メスはしばしばダッシュして、交尾を拒否する。ノネコでは、オス・メスに体格差がないので、交尾を許すかどうかの選択権を、メスがしっかりと握っているのである。
そして、メスは何らかの基準で、交尾を受け入れるオスを選んでいる。その選択基準は、完全にはわかっていないが、少なくともとくに血縁が近いオスとの交尾は避けているようだ。ノネコは生後1〜2年で性的に成熟し、野良でも4〜5年は生きる(もちろん、もっと長生きするネコもいる)。したがって、血縁に無頓着なら、親子や兄妹、あるいは姉弟間での交尾が起きてしまう。近親交配をすると、子供に悪影響が出るので、たとえ見知らぬ、腹違いの兄妹・姉弟間であっても、交尾を避けているようなのだ。いったいどうして血縁がわかるのだろう。匂いを使って判別している可能性が高いが、その仕組みもまだよくわからない。
さて、メスに拒否され、交尾に失敗したオスは、別のメスを探すか、あるいは同じメスに対して、再び順番待ちをする。博士進学試験を受けたSさんの研究結果は、オスが同じメスに対して順番待ちをする傾向が強いことを示しているように、私には見えた。どうしてもっと多くのメスと交尾しようとしないのだろう。ノネコでは、メスがオスを選ぶだけでなく、オスもメスを選んでいるのだろうか。それなら、ノネコも人間同様、「定説」にはあてはまらない動物かもしれない。
不機嫌なジーン」南原教授が主張する「定説」は、確かに教科書に書かれている説明ではあるが、人間以外でも、例外はたくさんある。動物の世界も、セオリーどうりにはいかない多様性に満ちている。