生物の分布境界はどのように決まっているか?

 閑話休題。気分転換に見るのは、「矢原のアンテナ」だけではない。スカラー・グーグルを、いろいろなキーワードで検索して、最新の情報を仕入れるのも、私にとっては結構良い気分転換になる。昨夜は、"species'range"で検索をかけてみた。以前にも、"species range"で検索したことがある。昨夜はなぜか、「'」をつけて検索した。すると、

Evolution of a species’ range
M Kirkpatrick, NH Barton - View as HTML - Cited by 77
Page 1. Vol. 150, No. 1 The American Naturalist July 1997. ・・・

という論文がヒットした。さっそくpdfファイルをダウンロードしてみて、びっくり。屋久島での植物分布調査の結果から着想し、環境研の竹中くんと共同研究を始めたばかりのアイデアが、すでに理論的に研究され、発表されていたのだ。ガチョーン

しかも、「Cited by 77」からその後の文献をたどると、このテーマが、ブレークしつつある様子がわかる。Web of Scienceも動員して、関連する論文をチェックしてみたら、最新号のOikosが、このテーマを特集していることがわかった。この号の一連の論文は、まだスカラー・グーグルには載っていない。Web of Scienceの更新はさすがにすばやい。

1. Holt RD, Keitt TH
Species' borders: a unifying theme in ecology
OIKOS 108 (1): 3-6 JAN 2005

2. Fortin MJ, Keitt TH, Maurer BA, et al.
Species' geographic ranges and distributional limits: pattern analysis and statistical issues
OIKOS 108 (1): 7-17 JAN 2005

3. Holt RD, Keitt TH, Lewis MA, et al.
Theoretical models of species' borders: single species approaches
OIKOS 108 (1): 18-27 JAN 2005

4. Case TJ, Holt RD, McPeek MA, et al.
The community context of species' borders: ecological and evolutionary perspectives
OIKOS 108 (1): 28-46 JAN 2005

5. Parmesan C, Gaines S, Gonzalez L, et al.
Empirical perspectives on species borders: from traditional biogeography to global change
OIKOS 108 (1): 58-75 JAN 2005

NSFのグラントで設置された「生態学の分析と総合に関するナショナルセンター」(National Center for Ecological Analysis and Synthesis)で、ワーキンググループを組織して数年間共同研究した成果らしい。

私の着想が、「あちら」で国家プロジェクトになっていたとは、知らんかったよ。

「分布の境界でも遺伝分散があるのに、どうして自然淘汰が作用して適応進化が進み、分布境界が広がっていかないのだろう」

これが、屋久島で抱いた私の疑問だが、なんと同じことは、あのダーウィンが最初に考え、ホールデンが私と同じアイデアを提唱していたそうだ。そのアイデアとは、「分布の周辺では密度が低下し、分布の中心からのgene flowによって、その場に適応的でない遺伝子がつねに供給されるために、gene flowと方向性淘汰のバランスで分布境界が決まるのではないか?」というものだ。

このアイデア(今や、ホールデン仮説と呼ぶべきもの)を数学的に検討したのが最初にあげたカークパトリックの論文で、その解析結果によれば、この仮説があてはまる条件が確かにある。しかし、常にそうだとは限らない。環境の傾きの大きさと、gene flowの大きさの相対的なバランス次第だという。なるほど、そうかもしれない。

一連の論文をプリントして、往復の通勤電車の中で斜め読みしてみた。幸い、まだまだ研究は緒についたばかりだ。問題は解決していないし、まだ試されていないアイデアは、いろいろあることがわかった。

地球温暖化によって、いくつかの生物では、分布域が顕著に北上している。しかし、そのような変化が見られない生物も多い。この違いがどうして生じるのかは、わかっていない。外来生物は、新天地で急速に分布を広げることがある。この原因もわかっていない。これまで、分布境界は、生理的な限界で説明されることが多かったが、遺伝分散があれば、「生理的な限界」をこえて適応進化が進み、分布域が広がるはずだ。なぜそうならないのか、この問題も未解決だ。

分布の問題は、これから間違いなくブレークするテーマだ。この問題は、群集や生態系の研究と、適応進化の研究を結びつけなければ解決しないと思う。かなり、わくわくする。

さて、その竹中くんが、もうすぐやってくる。(14日の竹中日記を参照)