君が踊る、夏

8月お盆明け以来の出張スケジュールが一段落したので、昨日は、大学院生の論文原稿改訂のために、関連論文をレビューした。出張疲れもあって夕方には集中力が切れてきたので、たまったポイントを使って映画を観てきた。疲れがたまっている状態だったので、選んだのはとびきり明るいタイトルの作品。「告白」「悪人」と、暗いテーマの話題作が続く中で、いまどき珍しいストレートでピュアな青春映画だ。
余命5年という難病を患いながらよさこい踊りを踊った少女の実話を題材にした作品だが、タイトルの「君」は少女本人ではなく、その姉(香織、おそらく架空の人物)。物語は、少女(さくら)の病気が発覚したために、高校3年生の香織が恋人の新平と誓いあった上京をあきらめるところから始まる。香織は妹の病気のことを新平に話せない。話せば上京を断念するに決まっているからだ。新平はカメラマンをめざして上京するが、その直前に、親友の司が香織をなぐさめているシーンを目撃してしまう。このことがきっかけで、香織が親友を選んだと誤解をしたまま、東京に旅立つ。やがて5年が経ち、難病の少女に運命の夏が訪れる。少女の夢は、新平と一緒によさこい踊りを踊ることだった。「さくら踊りたい、死んでもいいき、さくら踊りたいんや。」さくらのこの願いをかなえるために、香織は5年前のいちむじんチーム再結成を呼び掛けるのだった。
「難病の少女」「よさこい踊り」という題材に、「純愛」「友情」「三角関係」という青春映画の三要素をミックスすればこうなるだろうという王道のストーリー。展開は予想がつく。しかし、とても心地よい作品だった。
「難病の少女」を脇役にして、新平と香織の物語を中心に据えたのは正解だと思う。難病を中心に据えると映画が重くなり、よさこい踊りを踊ることで生きようとする少女の前向きさが表現しづらいだろう。脇役ながら、大森絢音は、少女のはなかさ、強さ、かわいらしさを好演し、映画を盛り上げている。
また、物語は香織ではなく新平の目線で展開する。彼はカメラマンになるという夢を追いかけていながら、「一番大切なこと」を忘れている。この物語は、新平が「一番大切なこと」に気づき、よさこい踊りの舞台に戻ってくる成長のプロセスを描いている。いちむじんチームの纏いとして、旗を振って踊る新平は、かっこいい。私が観ても好感度が高い。この力強い踊りを新平の成長物語のエンディングに据えることで、映画にしっかりと筋が通ったという感じがする。
香織は、妹のためにデザイナーになる夢をあきらめ、恋人と上京することをあきらめ、司の思いに気づきながらも新平を思い続ける。妹の願いを知って行動を起こすが、かつてのメンバーをまとめるだけの力はなく、途方にくれる。ヒロインとはいえ、非力で地味な役回りだ。しかし、新平が「一番大切なこと」に気づく一シーンでは、観客の目をくぎ付けにする「華」を要求される。この難しい役を演じたのは、木南晴香。「20世紀少年」の小泉響子役で、マンガそっくりのコミカルな表情を演じて話題になった人だが、あまりに静かな役を演じていたので、途中まで気づかなかった。
妻夫木聡松たか子は、悪人と善人を演じ分けられる点で特筆すべき名優だが、地味でネクラな少女と快活でかわいい少女を演じ分けられる木南晴香の表現力も、特筆に値するだろう。しかも、マンガを飛び出したようなコミカルな演技もできる。
木南晴香は、踊りもうまい。新平のダイナミックな踊りと、さくらのかわいらしい踊りに比べ、香織の踊りはかろやか。アップは少ないが、遠目から観ても香織だとわかる。一緒に踊っているのはよさこい踊りの熟練者のはずなので、その中で目立つというのは大変なことだ。また、ラストで新平と踊るシーンも、爽やかで良かった。