洋上での邦画3題:ハゲタカ・たそがれ清兵衛・60歳のラブレター

シンガポールでは自然再生ハンドブックの原稿のレビューを終え、仕事に一区切りつけてからケープ行きの便に搭乗した。ラウンジで8時間も働いたので、機内では映画を見てリラックスした。シンガポール航空国際線は、機内映画のメニューが充実している。邦画で、映画館で見たかったのだが、上映期間中に見そびれていた作品を3つ見た。
「ハゲタカ」はNHKで好評を博した番組を映画化したもの。テレビの「ハゲタカ」は面白いと評判だったが、一度も見る機会がなかった。映画で初めて見たのだが、確かに面白い。男と男の戦いの物語。設定は古典的だが、現代の戦場は「企業買収」。戦うのはファンドマネージャー。今回は、TVシリーズの主人公「ハゲタカ」に、中国の豊富な資金を武器として「赤いハゲタカ」が戦いを挑む。日本を代表する自動車メーカーの買収を中国系ファンドが狙うという設定に、金融危機というもうひとつのテーマが織り込まれ、勝負がつくまでの展開は、読めなかった。金がすべての世界を通じて、金で買えないものを描き、その一方で、金で買えないものが実は金によって守られるという非情な現実を描くことも忘れていない。現実ばなれした設定もあり、欲を言えばきりがないが、私は十分に満足した。社会派映画の新しいジャンルが開拓されたと言えるだろう。
たそがれ清兵衛」は山田時代劇の代表作だが、まだ見ていなかった。この映画でも男と男の戦いが描かれる。主人公清兵衛は小太刀の達人なのだが、立身出世に関心がない下級武士である。妻をなくした後、借金をしながら娘二人と病気の母の面倒を見ている。最後に清兵衛が刀を交えることになる余呉善右衛門は、下級武士から成り上がり、藩のために身を挺して働いた。しかし、時は江戸末期。将軍の逝去にともなう藩での権力闘争に敗れ、自害を命じられるが、納得できずに藩命にそむく。この二人の命のやりとりが、映画の山場となる。清貧に、誠実に生きる清兵衛が、清兵衛の持つ竹光に慢心した善右衛門に勝利を収めるのだが、山田洋二と浅間義隆の脚本はよく練れており、説教くささを感じさせずにリアリティのある清兵衛像を描いている。その清兵衛を真田広之が好演。また、清兵衛の幼馴染として物語に深くからむ宮沢りえも、すばらしい。
「60歳のラブレター」は、いわゆる「ベタ」な作品だろうと、あまり期待せずに見たが、予想外に良かった。定年や、伴侶の病気、死別など、熟年世代が経験する人生の転機は、新しい人生の出発点でもある。そのことを、3組の熟年カップルのラブストーリーを通じて描いた映画だが、何しろ6人の登場人物がいい。芸域でも熟年に達した6人の「役者」(中村雅俊原田美枝子、井上順、戸田恵子イッセー尾形綾戸智恵)の個性が味わい深く、見ていて飽きない。この6人の人選は、絶妙だ。
描かれているのは、長年連れ添ったパートナーの大切さは一人になって気づく、仕事で成功しても人を愛することがなければ心は満たされない、大切な人への気持ちを言葉や行動にすることをためらってはいけない、という熟年世代にとっての普遍的テーマ。明らかに熟年世代向けの映画だが、若いカップルが観ても幸せな気持ちになれるだろう。映画中にも、子供の代の若いカップルが登場する。家庭内離婚状態にある親に反発して、入籍せずに子供を生むのだが、定年を転機に心を通わせることになる親を見て、「結婚するのも良いかも」と考えるようになる。
なお、山田洋二の「幸せの黄色いハンカチ」がこの映画に影響を与えていることは間違いないだろう。あらためて、山田洋二の偉大さを感じた。