石川統さんを偲ぶ

昨日は、早朝の便で上京し、石川統さんの葬儀に出た。
石川さんの穏やかな表情を、額縁の写真で見るのは、つらかった。葬儀という儀式は、死という現実と向き合い、認めたくない事実を確認するためにあるのだと思った。
私が駒場に着任したとき、石川さんはすでに本郷に移られていた。しかし、ざっくばらんな駒場の雰囲気を愛されていて、しばしば駒場に足を運んでおられた。駒場東大前の「学園」などで、ビールを飲みながら、親しく話をさせていただいた。
石川さんは、実力・実績以外の権威をまったく感じさせない方だった。実力・実績のある研究者にしばしばある「自己顕示欲」や「威圧感」を外に見せない方だった。自分の研究を他人に誇示するというよりも、心から研究を楽しんでいらっしゃるように見えた。最近でも、放送大学の実験室で実験するのが楽しみだとおっしゃっていた。
石川さんは、アブラムシと細菌の共生関係に関する生化学的・分子生物学的研究のパイオニアである。最近では、共生細菌(ブフネラ)の全ゲノム配列を決定され、アブラムシと共生細菌の「もちつもたれつ」の関係をゲノムレベルで明らかにされた。この研究論文はNatureに掲載され、アブラムシと共生細菌は、ゲノム科学の分野でもよく知られた材料となった。しかし、石川さんがこの材料で研究を始められたころは、ほとんど何もわかっていなかった。生化学者として、このような材料にとりくむことは、相当な冒険だったと思う。石川さんは、「共生」という現象の面白さにとりつかれ、このテーマを研究することに生涯を傾けられた。研究者として、本当に尊敬すべき方だった。
石川さんは、生化学や分子生物学の研究者としては例外的に、進化に強い関心を持たれていた。ご本人としては、「共生」という現象に関心を持たれたことからの、当然の帰結だったのだろうと思う。しかし、私が東大に助手として就職したころですら、「進化のように実験的に検証できない問題は、科学の研究対象にならない」と考える生化学者や分子生物学者が多かった。石川さんは、実証科学者であるとともに、考えることがとても好きな方であり、進化の問題について、真剣に考えられていた。「進化のことを一生懸命考えるのは面白い」とおっしゃっていた。
日本進化学会設立以来、この学会の中心的なメンバーとして、学会の発展に尽くされた。癌とたたかいながら、会長もつとめられた。もうしばらく、現役の研究者として、活躍していただけるはずだった。
石川さんのご冥福を心よりお祈りしたい。