花の色と匂いの生産を制御する転写因子

今日は終日、キスゲプロジェクトの科研費申請書の研究計画を煮詰めるために、ダウンロードしたままきちんと読まずにいた関連の論文を読んでいる。
キスゲプロジェクトでは、送粉昆虫の意思決定に関する実験と並行して、花形質に関与しているQTLをマッピングする計画だが、QTLマッピングだけでは、遺伝子が特定できない。表現型効果の強い遺伝子があることはわかているので、これらについてはF2世代での分離から、遺伝学的に特定することができるだろう。しかし、できれば、遺伝子まで突き止めたい。それが可能な時代なのだ。
すでに、cDNAライブラリーやESTライブラリーは、ある程度用意した。
次は、候補遺伝子のネライをどこに絞るかである。
キンギョソウペチュニアなどを使った研究から、花色の多型には、色素の合成系に関わる酵素の生産を制御している転写因子が関わっていることがわかってきた。このテーマに関する初期の研究は、次の文献に要領よく解説されている。

Mol & al (1998) How genes paint flowers and seeds. Trends in Plant Science 3(6): 212-217.

このレビューで紹介されている、ペチュニアにおいてアントシアン合成系を制御する転写因子、An2は、Myb遺伝子ファミリーの一員だった。
Mybとは、Myeloblastosis(骨髄性白血病)の略であり、ニワトリ骨髄性白血病ウイルスが持つがん遺伝子として、発見された。その後、この遺伝子と相同な領域を持つ一群の遺伝子が、真核生物全体に共通する転写因子群であることがわかってきた。
植物においては、花だけでなくさまざまな器官におけるアントシアニン合成に、Myb遺伝子群が関わっている。これらの遺伝子は、5'側にMybに相同性のある2つの反復領域(R2R3)を持っているので、R2R3型Myb遺伝子と総称されている。
7月にウィーンで開催された国際植物科学会議でも、この関連の研究について情報を集めた結果、このR2R3型Myb遺伝子を狙うのが良いだろうという考えを固めて帰国した。
その後、ペチュニアで、花の匂いを制御している転写因子が同定されたことを知った。その名も、ODORANT1。

Verdonk JC, Haring MA, van Tunen AJ, et al.
ODORANT1 regulates fragrance biosynthesis in petunia flowers
PLANT CELL 17 (5): 1612-1624 MAY 2005

発表月を見ると、ウィーンにいたときにはすでに発表されていたことになる。
驚くべきことに、このODORANT1も、An2と同様に、R2R3型Myb遺伝子だった。花の色も匂いも、共通祖先を持つ転写因子群によって制御されていたのである。
R2R3型Myb遺伝子についてさらに詳しくレビューしてみると、これは相当面白い転写遺伝子群である。色素や匂いの生産、毛の発生、病原体が感染したときの過敏感反応など、表皮細胞が持つさまざまな、植物特異的な機能を制御している。
シロイヌナズナのゲノム中に125個のR2R3型Myb遺伝子が確認されていることからも、この転写遺伝子群の重要性が伺える。
そこで、花特異的に発現されているR2R3型Myb遺伝子をcDNAライブラリーから拾い、ハマカンソウとユウスゲの間でアミノ酸置換があるものを絞り込めば、色や匂いに関わる遺伝子がヒットする可能性が十分にあると考えるに至った。このアイデアについては、しばらく前に大学院生と相談し、やってみようという合意に達している、
今日、関連する論文をレビューしてみた結果、しばらく前から暖めていたこのアイデアでいけそうだという意を強くした。
さて、もうひとつは、F2世代を使って送粉昆虫の意思決定過程を調べる実験のアイデアを煮詰める必要がある。遺伝子の研究だけなら、分子生物学者にまかせておけば良い。こちらは、エコゲノミクスと実験進化生態学を統合した研究をめざしている。この両者を関連づける計画にいかに説得力を持たせるかが、大きなポイントだ。