バッタ類の個体数推定

野外実習初日は、こしき岳旧火口の草原でバッタ類を採集し、除去法による個体数推定のためのデータをとった。コードラート内で3分間の採集を繰り返し、毎回の捕獲個体数を記録する。九大に戻ってから、このデータをもとに、総個体数Nを推定する。
毎回の(3分間あたりの)採集確率xが一定なら、m回目までに採集された累積個体数は
xN+xN(1-x)+xN(1-x)^2+・・・・xN(1-x)^(m-1)=N(1-(1-x)^m)
である。(1-x)^mがm回目までに採集されない確率なので、その余事象の確率をNにかければ、m回目までに採集された累積個体数が得られる。
この関係をもとに、総個体数Nを推定するのだが、推定を行う上で、採集確率が一定という仮定を置いている。
しかし、野外実習では、この仮定がなかなかあてはまらない。多くの実習生は、最初は補虫網を使ってバッタを採集することに慣れていない。そのため、採集を重ねるごとに、採集技術が上達していく。その結果、密度が低くなっても、毎回の採集個体数があまり減らないという、一見奇妙な結果が生じてしまう。
幸い今年は、昆虫採集に慣れた学生が一人いた。この学生が、採集チームの他の4人が採った合計よりも多くのバッタを採った。この学生の採集個体数は、毎回、順調に減っていった。このデータなら、かなり良い推定値が得られそうだ。
実習生に配布されている野外実習マニュアルには、最尤法による総個体数と採集確率の推定法が解説されている。最尤法は、生態学におけるさまざまな推定や仮説検定・モデル選択において有効な方法だ。そして、除去法による個体数推定は、最尤法を理解するうえでとても良い教材である。
とはいえ、マニュアルの解説を読んで、統計的推定について理解を深める学生は、そう多くはない。全員に演習を課せば、もうすこし理解が深まるのかもしれないが、そこまで強制はしていない。
こしき岳から、高原ロッジに戻ったあとは、標本と文献を参照しながら、バッタ類の同定と性判定・齢査定の作業を行う。毎年、ヒロバネヒナバッタとナキイナゴが多数をしめる。この作業では、過去の実習で集めた液浸標本が、大活躍する。「百聞は一見にしかず」というが、植物にせよ昆虫にせよ、正確な同定のためには、同定ずみの標本と比較するのがベストである。文献だけでは、しばしば間違いをおかす。このような同定と性判定・齢査定の作業を経験することも、実習の目的のひとつである。
今年は実習の参加者が少なかったので、解剖して精巣を見る余裕があった。実は、11年間この実習を担当しているが、精巣を実見したのは、今回が初めてである。バッタの精巣が、これほど大きなものだとは知らなかった。
九大理学部の野外実習では、植物と動物のスタッフがそろっている。私は毎年動物のスタッフからいろいろなことを教わるのだが、まだまだ知らないことが多い。そのため、毎年何かしら発見がある。
自然のほうも、毎年変化する。今年は、こしき岳旧火口内の湿地で、サワトウガラシをはじめて確認した。過去10年間、花を見た記憶がない。なぜか今年は、いつも見ている場所で、開花個体がたくさん見られた。このような発見も、毎年のようにある。
この実習に参加するのは、本当に楽しい。改善の余地はあるものの、野外実習としては、かなり良いものになっていると思う。
しかし、昨年に続いて、参加者が大きく減少してしまった。昨年から、7月で前期の授業が終わるようになり、9月上旬の実習は、8-9月にまたがる夏・秋休みのど真ん中に位置することになってしまった。そのため、帰省する学生には参加しにくい状況が生まれた。
開催時期を8月上旬か9月下旬に変更することを検討すべきだろう。2年生にアンケートをとって、希望を聞いてみようと思う。