第3期「科学技術基本計画」に対する毎日新聞社説への疑問

今日の毎日新聞朝刊の社説では、「国民を元気づける目標を」と題して、第3期「科学技術基本計画」に対する論評を載せている。その趣旨はこうだ。

国民が知りたいのは、科学技術政策がどのような研究開発や成果をめざしているかだろう。ところが計画原案をみてもイメージがわかない。投資にメリハリをつける方針にそって、今後、各分野における「成果目標」を設定するが、成果目標自体は基本計画には含まれない。
国民の支持を考えるなら、基本計画に「一点突破型」の成果目標を盛り込んではどうか。たとえばがんの克服や、意識の解明、宇宙の探査といったことでもいい。
他の重要分野が切り捨てられる危険性を十分加味し、成果のはっきり見えない基礎科学にも目配りしたうえで、元気の出る政策目標がほしい。

私の感想は、以下のとおり。
1 社説を書いた論説委員は、「科学技術基本政策」答申案をちゃんと読んだのだろうか。公表され、パブリックコメントが求められたのは、第3期「科学技術基本計画」策定に向けての、「科学技術基本政策」答申案という文書である。この文書と同時に、さまざまな関連資料も公表されている(総合科学技術会議(第50回)議事次第配布資料)。論説委員は、少なくともこれらの関連資料に目を通していないようだ。総合科学技術会議のウェブサイトをチェックすれば、関連資料や議事録がすべて公開されている。総合科学技術会議の情報公開は、かなり徹底している。これはとても良いことだ。しかし、新聞の論説委員は、フリーにアクセスできるウェブ上の情報をチェックして、自分の判断を確かなものにするという努力をしていないのかもしれない。
2 ウェブで公表されている、「第3期科学技術基本計画でめざす成果目標の主な例」には、6大政策目標のそれぞれについて、具体的な成果目標が設定されている。「主な例」というタイトルは、行政上の表現であって、「基本計画」以上に実質的な拘束力を持つ文書である。パブリックコメントを受け付ける段階では、「例」と書いておけば、基本政策文書を修正する必要が生じたときに、目標の表現や数字について手直しができる。しかし、よほどの問題が発生しなければ、この大枠は変わらない。それが行政文書というものだと思う。
そのような行政文書である「主な例」には、大目標2「科学技術の限界突破」の下で「宇宙の限界領域を探求する」という目標が、大目標5「生涯はつらつ生活」の下で「がん、糖尿病など生活習慣病や難病を克服する」「脳科学の成果により脳と心の病を克服する」という目標が、あげられている。
個々の項目には数値目標が設定されていて、たとえば脳科学に関しては、「2017年までを目処に、脳の病気や老化の克服を目指し、脳の認知機能や発達気候を解明する」とある。論説委員があげた3つの例は、すべてカバーされているのではないか。
なお、「成果目標自体は基本計画には含まれない」という批判は、あまりにも瑣末だ。
3 「第3期科学技術基本計画でめざす成果目標の主な例」を見ればわかるように、「第3期科学技術基本計画」の基本方針は、「一点突破型」以外の何ものでもない。「他の重要分野が切り捨てられる危険性を十分加味し、成果のはっきり見えない基礎科学にも目配りしたうえで、元気の出る政策目標がほしい。」という論説は、何も批判していないのに等しい。
どのような方針で戦略的に重視する課題、つまり「一点突破」のターゲットを絞り込むかについては、「科学技術基本政策」答申案に次のように明記されている。

1) 近年急速に高まっている社会・国民のニーズ(安全・安心面への不安等)に対し、本計画期間中に集中的に投資することにより、科学技術からの解決策を明確に示していく必要があるもの。
2) 国際的な競争状態およびイノベーションの発展段階を踏まえると、基本計画期間中の集中投資・成果達成が国際競争に勝ち抜くうえで不可欠であり、不作為の場合の5年間のギャップを取り戻すことが極めて困難なもの。
3) 国が推進する一貫した推進体制の下で実施され世界をリードする人材育成にも資する長期的かつ大規模なプロジェクトにおいて、国家の総合的な安全保障の観点も含め経済社会上の効果を最大化するために基本計画期間中に集中的な投資が必要なもの。

要約すれば、「社会的緊急性」「国際的競争戦略」「国家的基幹技術」の3つの観点から、重点化をはかるということだ。毎日新聞の社説なら、このポイントはおさえたうえで、論評してほしかった。
4 「科学技術基本政策」答申案では、第4章「社会・国民に支持される科学技術」において、倫理・情報公開・普及という課題とともに、「国民の科学技術への主体的な参加の促進」という課題をとりあげている。私はこの点を非常に高く評価している。毎日新聞社説が「国民を元気づける目標」について論じる場合、このポイントは落とすべきではなかったと思う。そもそも、政府が目標を示して、国民を元気づけるという発想自体が古い。「国民の主体的参加」を課題に掲げた「科学技術基本政策」答申案のほうが、センスが良い。
「国民を元気づける目標を」というタイトルには、「を」が2回登場する点で、日本語のセンスとしてもあまり感心できない。せめて「国民が元気になる目標を」としてほしかった。「国民が」ではなく、「国民を」と書いてしまったセンスには、正直、がっかりした。