論文の書き方:結果から結論をどのように導くか?
※図が表示されない場合には→http://seibutsu.biology.kyushu-u.ac.jp/~yahara/logictree.JPG
論文では通常、複数の結果を記述する。しかし、主要な結論はひとつでなければならない。なぜなら、論文を書く目的は、何らかの主題(テーマ)に答えることであり、そして論文のテーマはひとつだからである。
「ひとつの論文にはひとつのテーマとひとつの結論」・・・これは論文を書くうえでの重要な原則である。この原則を守っていない論文が多いのも事実だが、それらは論理的に練られた論文とはいえない。
では、複数の結果からひとつの結論を導くにはどうすれば良いだろうか。4月以来、預かった原稿を改訂しながら、この問題を徹底して考えてみた。これまでは、自分の経験にもとづいて、いわば一種の職人芸によって、結論を導いていた。しかし、結果から結論を導くという作業は、論理的なプロセスであるはずであり、したがって、何らかの一般的な手順が定式化できるはずである。
図は、私がたどりついた手順を示している。これは最近書き上げた論文で実際に使った手順である。
まず結果を箇条書きにして、13の文章に整理した(図の最下段)。
次に13の結果を相互に比べ、関連の深い結果をグループにまとめ、これらを7つの文章で要約した。これを第一段階の要約、略して第一要約と呼ぶ。
次に、7つの第一要約を、4つの文章で要約した。これを第二段階の要約、略して第二要約と呼ぶ。
次に、4つの第二要約を2つの文章で要約した。これを第三段階の要約、略して第三要約と呼ぶ。
最後に、2つの第三要約をひとつの文章で要約した。これが、論文の主要な結論である。
この手順をたどれば、誰でもひとつの結論にたどりつけるはずである。
もちろん、この手順を使って知識を要約することはひとつの技術なので、習得のためには反復練習が必要である。
もしこの手順を使ってみて、ひとつの結論にたどりつくことが困難であると感じたなら、それはあなたの論文に、論理的に関係付けられない複数の結論が混在していることを意味する。図で構成を示した論文は、まさにこのケースだった。当初原稿をあずかった段階では、上記の方法でひとつの結論を導くことができなかった。
このような場合の対応策は二つしかない。
(1) 複数の論文に分割する。
(2) 新たな解析あるいはあらたな結果を加えて、複数の結論を関連づけ、ひとつの結論を導く。
もちろん、両方を併用することはできる。図で構成を示した論文に関しては、一方では結果の一部を削って将来別の論文で書くことにし、他方では新たな解析を加えることで、ひとつの結論を導いた。
図のようなロジック・ツリーが整理できれば、Discussionは格段に書きやすくなる。ロジック・ツリーの構造を反映するように、Discussionを書けばよい。
図の最下段に示されている結果の番号は、Resultでの記述の順番である。一方で、第一要約の番号は、Discussionでの記述の順番である。両者が大きく異なることに注意してほしい。
Discussionとは、複数の結果にもとづいて結論を論証するプロセスなので、原則としてResultと同じ順番で書いてはいけない。結果として同じ順番になることはあるが、それは論証の流れを組み立てた結果としてそうなるのである。
一般的には、結果1と結果5から第一要約(2)が導かれる、というように、独立した観察結果を関連づけることで上位の要約が得られることが多い。
なお、結果1と結果5を関連づけた第一要約(2)は、結果1と結果5から導かれる「結論」と言ってもよい。同様に、第一要約(1)−(4)から導かれる第二要約[1]は、これらの4つの「結果」(より下位の「結論」)から導かれるより上位の「結論」である。
このように、「結果」「要約」「結論」の関係は相対的なものである。「結果」がひとつしかなく、それが主題に答えているのなら、その「結果」がすなわち「結論」である。
結論Aと結論Bがうまく関連づけられていない場合に、新たな観察や解析により、新たな結果Cを加えることで、ひとつの結論Dを導ける場合がある。この場合、4つの知識は(A, B, C)→D、という階層的関係(通常は帰納的論理)で結ばれる。この場合に、A, Bを結論と呼ぶか、結果と呼ぶか、あるいは要約と呼ぶかは、単に表現上の問題にすぎない。
「ひとつの論文にはひとつの結論」という原則は、すべての「結論」(結果の要約)は、最上位に位置するひとつの結論に階層的に関連づけられていなければならない、という意味である。
さて、第一要約(1)−(7)の順序は、どのように決定されるのだろうか。この手順を決めなければ、結果から結論を導く手順は完結しない。
バーバラ・ミントは、4つの手順をあげている。ひとつは演繹的順序づけ。他の3つは帰納的順序づけである。帰納的順序づけについては、以前に書いたことがあるが、もういちど書いておく。
- 時間の順序(時系列)
- 構造の順序
- 重要度の順序
上記の図の場合、(1)は(2)−(4)を結論づける前提となる。このため、演繹的理由づけから、(1)が決まる。(2)−(4)は、時系列である。具体的には、系統樹を使った論文なので、系統樹の根元から(古い時代のイベントから)書く。
バーバラ・ミントが言う構造の順序には複数の概念が含まれている。ひとつは空間の順序であり、たとえば北から南の順で記述する。
もうひとつは、階層的構造に規定される順序である。上記の図の場合、第一要約 (5)以下の内容が、(1)−(4)の間で記述されるべきではない。この点からわかるように、図のような階層的要約を行えば、階層的構造によってすでに記述の順序は大きく決定される。
これで、結果を階層的に要約して、ひとつの結論をみちびく手順が完結したはずである。まだ細部の詰めは残されているのだが、主要なステップについては定式化できたと思う。
少し長くなったが、バーバラ・ミントのピラミッド原則と同じじゃないか、という感想を持たれる方のために、最後に歴史的な説明を書いておく。
このように知識を階層的に要約し、論理的に構造化した図は、ロジック・ツリーと呼ばれている。このアイデアの源流をたどると、バーバラ・ミントのピラミッド原則に行き着く。
しかし、実はバーバラ・ミント以前に、類似の考え方にたどりついた日本人が二人いる。
ひとりは、「発想法」を著した川喜多二郎である。彼のイニシャルをとって名づけられたKJ法は、知識の要約法という点では、バーバラ・ミントのピラミッド原則とほぼ同じである。ただし、彼は新たな発想を得る方法として、KJ法を位置づけていた。そして、彼自身だったか、友人の梅棹忠夫だったかは失念したが、帰納法ではなく不明推測法(アブダクション)の手段としてKJ法を位置づけていた。これに対して、バーバラ・ミントはピラミッド原則を帰納的な手段として位置づけている。この点に関しては、私はバーバラ・ミントが正しいと思う。
もうひとりは、「科学論」を著した井尻正二である。彼は、「分類的方法」を科学的な世界認識の基礎にすえた。「分類的方法」とは、分類学の世界では、事物に命名し、それらを階層的に整理する方法を言う。しかし、井尻正二は、観察結果を階層的に体系化するより一般的な方法として「分類的方法」を位置づけた。
「発想法」と「科学論」は、梅棹の「知的生産の技術」とともに、大学一年生時代の私の座右の書であり、繰り返し読んだ記憶がある。それ以来、経験的知識を階層的に体系化するという方法に興味を持ち続けてきたので、バーバラ・ミントのピラミッド原則を知ったときには、いつのまにか有名人になっている古い友人に出会ったような気分になった。