キスゲプロジェクトがめざすもの

yahara2005-09-18

写真の左側は、ハマカンゾウ、右側は、ユウスゲキスゲ)。いずれも、ユウスゲ属の植物で、ハマカンゾウは昼咲き、ユウスゲは夜咲きである。これら2種を交配して雑種を作り、さらに雑種どうしを交配して、雑種第二世代の種子をとった。いま、その種子から育った植物が順調に成長しており、来年の夏には、一斉に開花するはずである。
この材料を使った研究プロジェクトをさらに進めるために、昨日から科研費の申請書を書いている。これまでに受けていた4年間の科研費が今年度で終わる。この4年間で、プロジェクトの土台ができた。次は「収穫」の段階だが、そのためには、研究費が必要である。次年度からの科研費をぜひともとりたい。
申請書の冒頭部分にあたる、「研究の全体構想・具体的な目的・何をどこまで明らかにしようとするのか」に関する部分を昨日書いたのだが、今朝読んでみると、抽象的でわかりにくいと感じた。そこで、半日ほどかけて、全面改訂した。
まず、研究材料のハマカンゾウユウスゲの写真を貼り込んでみた。この作業をしただけで、印象は一変した。やはり、画像の説得力は大きい。画像を入れると、文章の改訂に関しても新しいアイデアが出た。結果として、原形をとどめないところまで、原稿を修正することになった。
これからさらに、研究計画を具体的に書いていくので、全体の原稿ができたら、「冒頭部分」をもういちど書き直す。さらに、大学院生にも読んでもらって、磨き上げる。わかりやすく、アピーリングな申請書にするためには、大学院生のアドバイスは有益である。
 以下は、現時点での原稿。コメントをいただける方があれば、ありがたい(もちろん、メールでもOK)。ブログに申請書の原稿を載せることには、異論があるかもしれないが、自民党だってブログを活用している時代である。必勝を期すためなら、活用できるものは、何でも使おう。

 被子植物の花の多様性は、繁殖戦略、生物間相互作用、多種共存、種分化など、生態学の中心的な課題群と深く関わっており、多くの研究者を魅了してやまないテーマである。しかしながら、これまでの花生態学の研究には、「モデル生物」を開発するという方向が欠けていた。シロイヌナズナやイネでは、花生態学の研究はできないので、花生態学の発展のためには独自の「モデル生物」を開発する必要がある。本研究は、花生態学の「モデル生物」を開発するという中期的構想の一環として実施される。
 本研究計画では、「モデル生物」候補として、ユウスゲ属の2種をとりあげる。いずれも、花の寿命が半日という特徴を持つ。ハマカンゾウ(図:左側)は朝に開花し、夕方に閉花する昼咲き種であり、匂いのない赤い花をつけ、アゲハチョウ類やハナバチ類に送粉される。ユウスゲ(図:右側)は、夕方に開花し朝に閉花する夜咲き種であり、匂いのある黄色の花をつけ、スズメガ類に送粉される。近縁種との比較から、昼咲き種から夜咲き種が進化したと考えられる。このような、送粉昆虫に適応した一連の形質群は、送粉シンドロームと呼ばれている。近縁種との比較から、昼咲き種から夜咲き種が進化したと考えられる。2種は大型の花を持ち、測定・交配・操作実験が容易である。
2種は送粉シンドロームにおいて対照的な分化を遂げているが、雑種には稔性があり、雑種第2世代を作ることができる。次年度の夏には、過去4年間をかけて育成を進めてきた雑種第2世代が開花する。雑種第2世代では、開花時間、花色、匂い、花形態など、送粉シンドロームを構成する諸形質が分離する。本研究計画は、この雑種第2世代を用いて、次の問題に答えることを目的とする。
(1)送粉シンドロームの対照的な分化は、どのような遺伝子の変化によって生じたか? 効果の大きな少数の遺伝子の変化か、それとも多くの量的遺伝子の変化か? 形質間の遺伝相関や、遺伝子間の連鎖は、送粉シンドロームの分化においてどの程度重要だったか?
(2)送粉昆虫(ハナバチ、アゲハチョウ、スズメガ)の訪花は、個々の誘引形質(花色、匂い、花サイズ)、およびその組み合わせ、報酬量に対するどのような意思決定を通じて実現するか? このような意思決定過程は、昼咲き集団中にあらわれたユウスゲ型の形質(夜咲き、匂いの生産など)を持つ突然変異に対して、どのような淘汰圧をもたらすか?
 この研究を通じて、昼咲き種から夜咲き種への進化の過程を、部分的にではあるが、実験的に再現してみたい。この進化の初期過程では、ハマカンゾウのような昼咲き種の集団の中に、ユウスゲ型の形質を持つ変異体があらわれたはずである。雑種第2世代の植物を使えば、このような状態を想定した実験集団を作ることができる。このような実験集団をポリネータ環境の異なる野外試験地に置き、どのような形質を持つ個体がより多くの種子をつけるかを調べたい。さらにこれらの種子から育った後代の個体の中の遺伝子頻度を調べることで、淘汰が実際にどの遺伝子を増やしたかを実測したい。このような研究を通じて、「実験進化生態学」と呼ぶべき分野を開拓したい。
 3年間の研究期間内に、送粉シンドロームの分化に関わったいくつかの遺伝子を遺伝学的に特定し、送粉昆虫がその意思決定を通じてこれらの遺伝子にどのような淘汰圧をもたらしたかを明らかにする。 
 さらに、「モデル生物」化を進めるために、送粉シンドロームを構成する形質についてのマッピングを進める。まず、これまでに開発したマイクロサテライトマーカーと、AFLPマーカーを活用し、連鎖地図を作成する。この地図上に、花色や匂いに関与している可能性のある候補遺伝子をマッピングする。さらに、雑種第2世代の個体を用いた、さまざまな花形質の測定値を使って、量的形質のマッピング(QTLマッピング)を進める。3年間で論文として公表可能な水準の一次マップを完成させる。