新型コロナウイルスに関する信頼できる講演のメモ

新型コロナウイルスに関して、尾身茂・地域医療機能推進機構理事長が日本記者クラブで講演されている。

https://www.youtube.com/watch?v=yaHNRM1pFbs&feature=youtu.be

私がこれまでに接した専門家の提言の中でもっとも信頼できると考える。その理由は、楽観バイアスに陥らず、いたずらに不安をあおることもせず、予防原則に照らして的確な提案をされているからだ。専門家の発言には、楽観バイアスにもとづくと思われる楽観論、危険性を強調する悲観論が入り混じっている。尾身さんの提案は、そのどちらにも陥らず、的確な提案をされていると思う。そこで、尾身さんの講演スライドをもとに、講演の要点を以下のメモをまとめた。時間がある方は、尾身さんの講演を直接視聴していただきたい。

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まず、前回の新型インフルエンザ流行終了時の私ども専門家諮問委員による提言を紹介したい。

1)パンデミックの初期には、疫学情報が不確定あるいは極めて限られているので、ある程度最悪のシナリオを想定して対策をたてること。

2)情報が明確になり次第適宜変更。

3)医療関係者、専門家、官僚等が技術的な議論を合理的に行い、速やかに政治的判断を求めるしくみの構築が必要となろう。また、そのためには人材育成を含め、国の疫学分析能力の強化が求められる。

4)国と地方自治体の役割分担、権限などを明確に敷いておくこと。

5)国民、地方自治体へのわかりやすい情報を国は提供すること。

 

次に、現在の日本の状況を整理する。

1)武漢での第一奨励感染者の検出:昨年12月初旬

2)(武漢では)それ以前に多くの感染者がいて、その後も増加した。

3)その上で武漢閉鎖:1月23日

4)わが国の本格対策開始:1月10日

5)それ以前に、既に武漢から多数の来日者し、感染者が日本に入っていた可能性が高い。(実際に、1月3日発症の症例が日本で検出された)。

6)しかし、これまでの症例定義は、「渡航者(武漢湖北省から)」と「発症した渡航者の接触者」のみを対象にしている。このため、多くの感染者を見落としている可能性が大きい。

7)さらに、無症状病原体保有者、潜伏期間の人が感染に関与していると考えられる。

8)その結果、報告感染者数の背後で、感染が進行している可能性が高い。

9)今回のクルーズ船での感染状況は、人が密集した閉鎖空間なので、感染が広がりやすかった

10)直近の情報では、シンガポール、香港において、渡航歴のない人から次々に感染者が検出されている。

 

以上のことから判断して、軽症者を含む感染が少なくとも散発的に拡大しており、いずれ武漢等と無関係な感染者が検出される可能性がある(矢原記:この判断は講演後3日間の経過の中で実証された)。

 

これからのわが国の対策は、

〇軽症者を含む感染が始まっている

〇少なくとも国内感染早期である

とみなして行うべきである。

 

わが国がとるべき対策として、3つの原則をあげる。

原則1

〇初期の対応は迅速、かつやや強めに行うこと

〇この時期の対応については多少の過剰はやむを得ない

原則2

〇潜伏期間が長く、軽症例が多い疾患なので、水際作戦による封じ込めは極めて困難

〇感染拡大が判明すれば、徐々に地域感染対策へシフトすべきである。

原則3

感染拡大の程度(感染早期、拡大期)に応じた対応に「先手を打つ」

 

国内感染早期の対策

(原則1にのっとり)対応を強めに行うことが重要。この時期の対策の目的は、感染拡大抑制、重症感染者の早期発見、死亡者数の最小化である。

以下の医療体制をとる。

〇感染者は感染者指定病院で診療する。

〇濃厚接触者には積極的調査を実施する。

〇感染拡大期に備え、一般病院も診療できる体制を準備する。

また、肺炎サーベイランスへ移行する必要がある。具体的には、渡航歴・接触歴を定義から外し、肺炎発症例を早期に診断・隔離・治療する。

ウイルス検査に関する国内の対応能力を強化し、主に肺炎などが疑われる症例に行う。

 

症例定義の見直し

武漢湖北省という制限があるため、地域の医療現場では、新型肺炎を疑ってもPCR検査を実施していない。

渡航歴・接触歴を定義から外し、臨床条件をある程度具体的に示し、肺炎発症例を早期に診断・隔離・治療する(つまり肺炎サーベイランスに移行する)ことが必要である。

 

今回の新型肺炎の症状の特徴

国内の複数の感染症例からわかったことは、

〇肺炎症状が出現する前に軽微な発熱、咳など風邪に似た症状が数日~一週間程度続く

〇倦怠感(だるさ)も特徴の一つのようだ

〇検査ではリンパ球の減少、X線では見つかりにくいが、CT検査では軽微な肺炎が検出されることもあり、細菌性肺炎とは鑑別できる。

〇その他、症例数の増加に伴い、新たな特徴が出れば追加する(例:下痢など)

渡航歴に関わらず、以上の臨床情報などを参考に、PCR検査の必要性につき、現場の医師の判断を尊重することが必要である。

 

水際作戦、検疫について

今回の新型コロナウイルス肺炎の特徴として、潜伏期間が長く、軽症者が多く、無症状感染者もいる。したがって、水際における完全な封じ込めは極めて困難である。しかも、地域での感染がすでに進行していると判断される。水際作戦をしばらく継続するにしても、国内の感染対策を(上記の感染早期対策に)シフトする時期にきた。

 

質疑応答:空気感染の可能性

中国での情報に加え、チャーター機で感染が拡大していないことなどから考えて、接触感染のみで、空気感染は現状では起きていないと判断する。クルーズ船では隔離される前はかなり接触感染の機会が多かったので、感染が拡大したのだろう。もし空気感染なら、もっと感染者が多いはず。ただし、今後感染力を高めるように変異する可能性はある。SARSの場合には、その変異が起きた。