適応的共同管理

いま書いている英文総説を完成させるために、Adaptive co-managementに関する論文を集めて読んでいます。新たに得たいろいろな知識を整理するために、文章化してみることにしました。昨日まで、英語で読んで英語で書いてきたのですが、ちょっと思考が袋小路に入ったので、日本語で書いて、整理を試みます。

Adaptive co-managementというコンセプトには、2つのルーツがあります。ひとつは、adaptive management。順応的管理と訳されますが、私は、「適応的管理」でいいんじゃないかと考えています。生物進化における適応と区別するために「順応的管理」と訳してきましたが、「気候変動への社会的適応」のように、社会が新たな状況に対応していくことを「適応」と呼ぶことが一般的になってきました。このような社会変化のプロセスは一種の選択過程であり、この過程を「文化的進化」という概念でとらえることができるので、「進化」「適応」という用語を社会に拡張して使うことを許容したほうが良いと考えています。

さて、adaptive managementは生態系管理や自然資源管理において発展した考え方です。生態系や自然資源の状態は複雑かつ確率的で、さらに非平衡であることが多いので、系の動きを正確に予測したうえで管理するのは不可能。そこで、対策を実験とみなし、対策を通じて系についての知識を増やし、新たな知識にもとづいて対策を修正していくのが妥当です。言い換えれば、最適解を求めるのではなく、よりましな解を探し続けるというアプローチです。そもそも対象が変化し続けるので、最適解などありえないと考える。Halling 1978, Walters 1986 らの研究で発展した考え。

一方で、co-managementの考えは、共有地(コモンズ)管理問題にルーツがあります。Hardin 1968 は「共有地の悲劇」という有名な論文で、人間の利己的性質によって共有地はつねに劣化すると主張しました。しかし、ノーベル経済学賞受賞者のElinor Ostromは、漁業資源や灌漑用水管理の事例を調べて、住民が自主的にルールを設けて「共有地の悲劇」を防いでいる場合が多いことを示し、政府による管理でも市場原理でもないco-managementが、共有地管理に有効なガバナンスであることを立証しました。Ostromはさらに、自主契約ゲームというゲーム理論によって自主契約が成立することを論証したり、室内実験によって、関係者どうしの会話が信頼関係を構築し、自主契約管理を促進するという事実を示したりして、co-managementの有効性を立証しました。この一連の研究は、人間が高い協力性(利他性)を持っていることを示した点で、進化生物学的にも興味深いです。なぜこのような高い利他性が進化したかについて、Bowles & Gintis 2011 A Cooperative Species において集団間選択が高い利他性を進化させたと主張して議論を呼んでいます。私自身は、集団間競争の下での個体選択(社会の中で利他的な個体のほうが有利になる)のほうが有力と考えています。とくに余剰な商品の交換や知識の交換のようなコストのかからない協力によってウィンウィンの関係が成り立つ局面は広くあり、さらにこのような協力に積極的な者が社会の中でより有利な位置をしめる状況も広くあったので、集団間選択よりこのような個体レベルの選択の力のほうがずっと大きかったでしょう。

このような2つの考えが組み合わされたのが、adaptive co-managementです。そのルーツは1997年のCIFORプロジェクトにあると書いている論文(Plummer et al. 2012)があるのですが、1996年に発表されたユネスコ生物圏保護区の新戦略文書の中にすでにこの考え方が書かれています。Ostromらの"Rules, Games, and Common-Pool Resources"という本の出版が1994年であり、この本で展開されたco-managementの有効性の議論がユネスコやCIFORなどでの自然資源管理に取り入れられた結果、adaptive co-managementという考え方が確立したと考えてよいでしょう。Plummer et al. 2012 によれば、adaptive co-managementに関して2000年以来100編以上の論文が出版されているそうです。Plummer et al. 2012 はその成功・失敗例を分析していますが、何が成功要因となるかについては、あまりすっきりした結論は得られていません。

これに先立ち、Folke et al. 2005 Adaptive governance of Social-Ecological Systemsというレビューで、co-managementが成功する条件についての整理が行われています。

Folke et al. 2005 は、(1)生態系の変化に対する社会の対応能力(Social capacity for responding to and shaping ecosystem dynamics)、(2)適応と変革のための社会的復元能力(Social sources of resilience for adaptability and transformation)、(3)より広域的な環境に対する適応的ガバナンス(Adaptive governance in relation to the broader environemnt)の3点について論じています。この3点は、内容的に重複していて、もうすこし整理したいですね。

(1)については、まず生態系についての知識を学ぶことが重要で、ここでは科学者とともに、地域の生態系についての経験的知識を持つ住民が重要な役割を果たすと書いていますが、これはまったくその通りです。近代科学の知識だけでなく、伝統的・経験的な知恵を尊重するという姿勢は、その後広く支持されています。IPBESアセスメントでもこの視点が重視されました。さらに、なすことを通じて学ぶ(政策が仮説の役割を、対策が実験の役割を果たす)という適応的管理の基本概念、さまざまな関係者間の協働に依拠するという共同管理の基本概念が書かれています。ここまでは何も新しくない。次に、適応的ガバナンスには、外部者の参加を含む社会的ネットワークが必要で、この社会的ネットワークにはいろんなケースがあるけど、そこでのコラボがうまくいくにはリーダーシップが重要だと主張されています。まぁ、そうですね。リーダーは、building trust, making sense, managing conflict, linking actors, initiating partnereship among actor groups, compiling and generating knowledge, and mobilizing broad support for changeなどのkey functionsを担う・・・これだけこなせるリーダーはなかなかいませんね。この主張をするなら、どうすればこのようなリーダーシップを獲得できるかについて考察すべきじゃないかと思いました。また、trust makes it easier to work together と信頼関係の役割を強調し、社会資本への投資において信頼関係の構築を重視すべき、との主張はまったくそのとおりですが、trustそのものについてもうすこし深めた考察がほしいです。

(2)については、生態系の急激な変化に対応するうえでは、「社会的記憶」(Social memory)を動員する必要がある、と主張しています。この過程では、利他的で、社会的スキルが高く、知識が豊富なmavens(達人)と、多くの人の間のつなぎ役ができるconnectorsが協力することが重要だと書いていますが、これは浅い議論だなと思いました。知識の問題と、コミュニティをまとめるリーダーシップの問題は、分けて考えたほうが良いと思います。続いて、危機におけるリーダーの役割が強調されています。新しい状況への適応だけでなく、社会の変革が必要とされる場合には、visionary leaderが変革をリードする必要がある。う~ん。

(3)については、bridging organizationの役割が大事、という主張。これは納得できます。特定個人のリーダーシップに依拠するのではなく、いろいろな活動の橋渡しをして、うまくコーディネートする制度はとても重要。屋久島の場合には、世界自然遺産地域科学委員会ができたことで、行政間、行政と島民団体の間の調整がうまく進んだ。このbridging organizationにおいて、科学者がvisionary leaderの役割を果たし得る、という主張にも賛成。

このほかにも、18編の論文を読みました。これから頭の中をもうすこし整理して、英文化します。