低線量の放射線は安全とは言えない

以前にも書いたが、安全と安心は違う。絶対に安全などという記事を見たら、怪しいと思う方が良い。科学的に「絶対に安全」と言えるケースは皆無に近い。
この点を再度話題にするのは、以下の記事の表現が気になったから。

「少量・連続的被曝、影響少ない」東京工業大 松本義久准教授
100ミリシーベルト以下の被曝(ひばく)では、これまでに人体における影響が確認されたことはない。
「影響少ない」の方は正確な表現だが、「人体における影響が確認されたことはない」というのは不正確だ。記者がよく理解せずに書いたのか、それとも松本准教授の発言が不用意だったのかはわからないが、不正確だと声をあげておきたい。

上の図は19日(http://d.hatena.ne.jp/yahara/20110319)に紹介した文献(PNASの論文(Brenner et al. 2003):論文はウェブで無料で見れる)から転載したもの。
原爆を被爆した方のうち、被曝線量が低かった人について、1958年から1994年までの発がん率を調査したデータである。横軸は被曝線量、縦軸は非被爆者と比較した、被爆者における発がん率の増加の程度をあらわす。100ミリシーベルト前後の被爆で、発ガンのリスクが1-1.15倍に増えている。19日のブログではやんわりと書いておいたが、巷にあふれている「0.5%」という数字は、このグラフからは正当化されない(放射線医学総合研究所のウェブページhttp://www.nirs.go.jp/information/info.php?116をチェックしたところ、まだ訂正されていない)。グラフを一見してわかるように、直線をあてはめることは適切ではない。そこでグラフではデコボコした曲線をあてはめている。点線は標準誤差の範囲をしめしている。
100ミリシーベルト以下では、統計的な検出限界ぎりぎりなのだが、この結果から「人体における影響が確認されたことはない」とは言えないだろう。100ミリシーベルト以下でも、線量に応じてリスクが増えていると見るほうが自然である。しかも、直線関係(太い点線)よりも急傾斜でリスクが増えているように見える。200-300ミリシーベルトあたりで、増え方がなだらかになる。この理由は解明されてはいないが、放射線に対して感受性の高い人と低い人がいて、0-200ミリシーベルトの範囲の増加は、感受性が高い人についての結果である可能性がある。
繰り返し書いたように、被曝量が100ミリシーベルトを超えても、喫煙の発がんリスク(男性の場合で2-5倍)よりは低い。したがって、いたずらに不安にならないほうが良い。不安を抱え続けると、ストレスから健康をこわしかねない、それは避けたい。
しかし、影響がないとは言えない。たとえ0.1%の増加であっても、1000人に一人、ガン患者が増えることになる。事態が落ち着いたら、政府はガンの検診体制を充実させて、早期発見につとめるべきだ。今や、早期に発見すれば、ガンは治せる病気である。しかし、上記のような記事を放置しておくと、「影響ないレベルだったから検診体制を充実させる必要はない」という行政対応を許すことになりかねない。
マスコミは不安をあおらないように注意する必要があるが、上記のような記事は逆に行き過ぎている。リスクコミュニケーションは難しい課題だが、不正確なことを書いてはいけない。