現状の放射線レベルについて安心するための解説

※以下は、モノレール車中、九大東京オフィスでの待ち時間に書いた解説です。かなり注意して書いたつもりですが、不適切な記述に気付かれた場合にはコメント欄でご指摘ください。これから、日本学術会議の緊急集会に出ます。
※3月19日22時追記:コメント欄のとおり、やはり不正確な点がかなりありました。大幅に改訂しました。一度読まれた方は、改訂内容をチェックしてください。さらに改訂が必要な箇所に気付かれたら、ぜひコメントをください。
福島市では20マイクロシーベルト毎時程度の放射線量が測定されています(http://plixi.com/photos/original/84534195 )。他の地域でも通常よりはるかに高い放射線量が一時的に測定されています(http://plixi.com/photos/original/84790521)。これらの地域では、放射線による健康被害について不安にかられている方が多いでしょう。この記事は、現状の放射線レベルなら健康被害を心配する必要はないことを解説し、みなさんにとりあえず安心していただくために書いています。「とりあえず」という意味は、福島原発の状態が悪化すれば、事態は変わるからです。福島原発の状態はかなり危険ですが、原子炉自体は停止していますので、原子炉が暴走してチェルノブイリのような事故になる心配は、しなくて良いと思います。燃料棒は長期にわたって熱を出しますので、これを冷やすことが大事です。いま、懸命の冷却作業が続けられています。この作業は、火災と違って、数日で終わるものではありません。この作業については、現場の職員の方々におまかせするしかありません。私たちができることは、現状を正確に認識して、いたずらに不安にならないことです。
まず、放射線は少しでも怖い、という考え方を捨てましょう。放射線は、太陽光線と同様に、自然界にあるものです。私たちは日々、低線量の放射線をあびながら暮らしています。放射線の害は、太陽光線に含まれる紫外線の害によく似ています。海水浴にいくと、日常より強い紫外線をあびて、日焼けします。日焼けの度が過ぎると、やけどのような状態になります。放射線の害は、基本的にはこれと同じです。度が過ぎると有害ですが、ある線量以下では心配する必要はありません。
放射線や紫外線が人体にとって有害なのは、DNAを壊すからです。DNAは遺伝物質であるとともに、私たちの体を作っている細胞のはたらきを維持し、コントロールしている物質です。DNAが破損すれば、細胞は死んでしまいます。ある量の細胞が死ぬと、やけどのような状態になります。さらに大量の細胞が死ぬと、命にかかわります。
放射線の害は、細胞を殺すレベルの害と、DNAの突然変異を増やすレベルの害に分けられます。前者は原爆の被爆のように、とくに強い放射線をあびた場合に生じます。いまはこの害を心配する必要はありません。福島原発から出る放射線の害で心配されるのは、DNAの突然変異の増加です。
DNAとは4種類の分子(A, T, G, Cと略号で記される)が数珠状に長くつながった物質です。DNAの突然変異とは、DNAを構成している4種類の分子が変化することです。多くの場合、分子が他の種類に入れ替わります。たとえばTATという配列がTAAに変化することです。このような変化が、私たちの命にかかわる配列(遺伝子配列)で起きると、ガンなどの原因になります。遺伝子配列の突然変異は、私たちの細胞で、常に生じています。このため、強い放射線や紫外線をあびなくても、私たちにはガンになるリスクがあります。
放射線や紫外線の作用を受けると、DNAは切断されたり、異常な結合をしたりします。私たちの体には、このようなDNAの異常を修復するしくみがあります。しかし、DNAの異常が増えすぎると、修復が追いつかず、突然変異が増加します。その結果、ガンになるリスクが高くなります。
「リスクが高くなる」ということは、必ずガンになるという意味ではありません。確率があがるという意味です。この点は喫煙者における発がんリスクの増加と同じです。喫煙者は、非喫煙者に比べ、発がん率が2-5倍高いことがわかっています(男性の場合。女性はより低い。2-5倍と幅があるのは、ガンの種類による違い)。しかし、喫煙者が必ずガンになるわけではありません。
では、放射線量がどれくらい高いと、ガンになるリスクが増えるのでしょうか。この問に答えるための研究は、いまも続いています。これまでの研究成果によれば、100ミリシーベルトをこえない限り、発がん率の増加は検出されていません(厳密に言うと、統計学的に有意な増加はみられない)。
シーベルトというのは、放射線の強さを、人体への吸収量で評価した単位です。人体への影響は放射線にさらされる時間とともに増えます。この影響をはかる単位がシーベルトです。一方、報道でよく使われている「シーベルト毎時(シーベルト/時)」とは、ある瞬間での放射線の強さをあらわす単位です。両者の関係を理解するために、線量計と万歩計を比べてみましょう。福島原発で作業に従事している東電職員は、線量計をつけています。線量計は、職員が放射線あびるたびに値が増えていきます。これは、歩くたびに万歩計が増えていくのに相当します。強い放射線をあびれば、線量計の値は急に増えます。これは、早く歩くと万歩計の数字が急に増えることに相当します。歩く速さは、時間あたりの歩数(たとえば「歩/時」)ではかることができます。この「歩く速さ」に相当するのが、「シーベルト毎時(シーベルト/時)」です。「歩く速さ」が時々刻々と変化するように、「シーベルト毎時(シーベルト/時)」(ある瞬間の放射線の強さ)も時々刻々と変化します。
発がん率の増加が顕在化する「100ミリシーベルト」という基準値は、線量計を常時つけていた場合の累積値です。つまり、線量計をつけていた期間が1日であれ1年であれ、「100ミリシーベルト」をこえた時点から、発がんのリスクが顕在化します。「100ミリシーベルト/時」という強い放射線一瞬一時間あびれば、それだけで発がん率の増加が顕在化するレベルに達します。「100ミリシーベルト/時」の基準をこえたあとは、線量計の値が増えるとともに、発がんのリスク(確率)が増えます。
福島市では、20マイクロシーベルト毎時程度の放射線が観測されました(その後は低下しています)。1000マイクロシーベルト毎時=1ミリシーベルト毎時、したがって20マイクロシーベルト毎時=0.02ミリシーベルト毎時です。「100ミリシーベルト」の安全基準をこえるのは、福島市で観測された「20マイクロシーベルト毎時」程度の放射線が5000時間(208日)続いたときです。かりにこの状況が生じたとしても、発がんリスクの増加は、喫煙の場合よりもかなり低いレベルです。
このように考えて、いたずらに不安をかかえ続けることは避けましょう。不安な心理状態を続けていると、そのことがストレスになって、健康に悪影響が生じます。DNAの修復能力も、下がってしまうかもしれません。前向きに、元気に暮らすことが大切です。もちろん、発がん率が0.5%程度増加するような事態は避けなければなりません。そのために、福島原発の現場では懸命の冷却作業が続けられています。
放射性物質が塵などに付着して体内にとりこまれた場合には、基準値よりも低い放射線レベルで影響があるという見解があります。この見解の妥当性に関しては、私は現時点できちんと判断することができません。今後、もっと詳しく文献を調べ、より正確な判断ができた時点で、解説をします。
以下に、私がもし福島市に住んでいた場合に、私がどのように行動するかについての考えを書きます。これはとりあえずの予防的判断なので、十分な科学的裏付けのある判断ではないことを前提に、あくまでも参考にしてください。この考えを書くのは、不安を感じながら生活すること自体が、健康に悪いからです。
科学者の間でも意見が分かれているくらいの微妙なリスクなので、タバコの煙をできるだけ吸わないようにする、というレベルの予防的対応で良いと考えて、安心することにします。予防的対応として、マスクをして、塵を吸いこまないようにします。窓は閉めておきます。外出から戻ったら、手や顔を洗います。過度には洗いません。洗いすぎると、皮膚を傷めます。手や顔を洗うのは、食事を通じて塵などを取り込むことを避けるためです。服を脱ぐ場所は、食事をとる場所以外とします。
タバコを吸っている人は、この機会に禁煙につとめてください。喫煙は、自分自身だけでなく、周囲の人の発ガン率も高めてしまいます。平常時より放射線量が増加している状態で、喫煙を続けることは、これまで以上に危険です。