自然共生社会を支える伝統知と科学的思考

湯本貴和さん代表の総合地球環境研プロジェクト「日本列島における人間-自然相互間の歴史的・文化的検討」(http://www.chikyu.ac.jp/rihn/project/D-02.html)に、5年前からコアメンバーとして参加している。コアメンバーと言っても、総括班員的な役回りであり、年一回の研究会に参加して、研究成果について勉強させていただく、気楽な立場だった。しかし、この「列島プロジェクト」も、最後の年を迎え、研究成果をシリーズ本で出版することになった。私は、第1巻『人と自然の環境史―「賢明な利用」と自然への畏敬』に、「自然共生社会を支える伝統知と科学的思考」と題して、原稿を書くことになった。その締め切りが6月末。何回かの出張中に、機内や新幹線車中で書き続け、今日、宮崎から延岡に移動するJR車中で、ほぼ完成した。3年前から構想を温めてきた原稿なので、形にできたことがとても嬉しい。
以下はその書きだし。

人間の歴史は、自然破壊の歴史だったと言っても過言ではない。しかしその歴史の中で、自然を大切に考え、自然を守る営みが続けられてきたことも確かである。人間は、どのようなときに自然を壊し、どのようなときに自然を守ったのだろうか。日本における自然利用の歴史を比較研究することで、この問いに答えることが、私たちのプロジェクトの大きな目的だった。本シリーズはその成果をまとめたものだ。
この章では、プロジェクトの成果も参照しながら、より広い視点でこの問題を考えてみたい。このため、空間的には地球全体を視野に置き、時間的には人間がアフリカを出た約5.5万年前まで歴史をさかのぼることになる。

この書きだしにはじまる「はじめに」に続いて、以下の6つの節を設け、以下のようなキーセンテンスを書きこんだ。

  • ダイヤモンドの方法:・・・ダイヤモンドの立論は、著作中で図示こそされていないものの、図2のような樹状図にもとづく進化生物学的比較法に依拠している。・・・
  • 農耕以前の人間による自然破壊:・・・このように、農耕開始以前の人間は、大型哺乳類のハンターとして、多くの種を絶滅させた。・・・
  • 農耕の開始が持つ意味:・・・長期的な判断にもとづく資源の保全という、他の動物にはほとんど見られない資源利用戦略を人間が採用したのは、農耕の開始によってであった。・・・
  • 産業革命による生物多様性利用の衰退:・・・このような森林利用と農地利用のトレードオフは、今日にいたるまで、森林減少の背景にある基本的要因である。・・・
  • 西欧的自然観と日本的自然観の違いとその意義:・・・「スチュワードシップ」(受託責任)と「自然共生」は、持続可能な自然利用を追及するうえで、ともに有効な考え方である。私たちは、日本的自然観と西欧的自然観を対立的にとらえるのではなく、両者の補完性に注目すべきだろう。・・・
  • 自然共生社会に向けて学ぶべき教訓:このような歴史を通じて、人間は、どのようなときに生物多様性を守ったのだろうか。この問いに一言で答えるとすれば、・・・

これら6つのテーマについては、3年間かけてさまざまな論文を読んで、考え続けた。原稿で引用したのはその一部だが、大型哺乳類絶滅と人間の移住の関係、稲作の起源に関する最新の研究成果、日本的自然観に関するスクリプト分析の成果など、人間の自然利用史に関連して、私の視点でとくに重要と思う論文を紹介した。自然科学者にも社会科学者にも、一般読者にも興味をもってもらえるように工夫したつもりである。
最後には、希望のあるメッセージを書き込みたいと考えていた。このメッセージについては、延岡行きのJR車中で、以下のような原稿を書いた。

12の環境問題(表1)は、私たちが持続可能な環境利用に失敗していることを示している。私たち人間の未来は、この失敗から私たちが学び、持続可能な社会を築けるかどうかにかかっていると言えるだろう。
幸い、私たちはいま、過去5.5万年の人類史を展望し、地球全体の環境変化を理解する科学的知識を手に入れた。・・・
しかし、科学・技術だけでは、未来社会へのビジョンを生みだすことはできない。自然観の役割は、環境と社会の未来に不安を抱く市民に対して、希望のあるビジョンを提示することにある。・・・
人類史を展望し、地球環境を俯瞰する科学的知識を活用しながら、日本の伝統的な文化や自然観を現代に生かすことで、私たちはきっと「自然共生社会」への確かな道すじをたどることができるだろう。

最終稿ではさらに改訂することになると思うが、ひとまず満足がいく原稿が書けた。出版が楽しみだ。1年以内には出版されると思うので、お楽しみに。
この原稿をもとに、英文でsymbiotic societyのビジョンを海外に発信する論文も書きたいと思っている。