アパラチア山地におけるクリの激減

アパラチア山地において、クリ属の種(Castanea dentata)がアジアから侵入した菌による病害のために激減したのは有名な話だが、具体的なデータを調べてみたことはなかった。今回の旅行で、Coweeta試験地で行なわれた研究成果を報告した論文の別刷をいただいたので、機内で読んでみた。図は論文中の表から作成したグラフで、クリ属の2種(Castanea dentata, C. pumila)、カシ属の2種、カナダツガ(Tsuga canadensis)の出現頻度の変化を示している。出現頻度は、400をこえるプロットの中で、それぞれの種が出現したプロットの割合(%)を示している。もちろん、他の種についてのデータもあるが、ここでは5種のみを図示した。
Castanea dentataは、1920年代までは森林中の優占種であり、出現頻度・個体数・材断面積のすべてにおいて上位だった。しかし、病害のために激減し、高木層からは姿を消した。現在では、低木の状態で、低頻度で見られるだけである。
図を見ると、Castanea dentataだけでなく、C. pumilaも減少したことがわかる。C. pumilaも病害を受けたかどうかについては、論文には書かれていなかった。問い合わせてみよう。
※隣にタバコを吸う客が来たので、喫茶店を出る。続きはのちほど。
Castanea dentataが枯れたあと、もっとも顕著に増えたのは、カナダツガである。ところが、最近ではこのカナダツガを特異的宿主とするツガカサアブラムシが侵入し、カナダツガが次々に枯死している。実際に、Coweeta試験地で見たカナダツガはどれも枯死状態だった。案内してくれたClintonさんによれば、Castanea dentataの場合と違って、カナダツガはいまでは更新が見られないので、試験地から完全に消失するかもしれないという。ちなみに、ツガカサアブラムシは日本から侵入したことが確かめられているそうだ。
このように、アパラチア山地の森林は、度重なる外来病害虫の侵入により、ダイナミックな変化を遂げている。病害虫は、森林の種構成を大きく変える主要な要因だと考えられる。
ただし、日本の松枯れと同様に、病害虫の感染拡大の背景には、森林利用様式の変化が間接的に影響を与えていたかもしれない。アパラチア山地では、チェロキーインデアンによる焼畑が行なわれていた。白人の移住後も、1900年ころまで山が焼かれていたそうだ。試験地において最初の調査が行なわれた1930年代は、森林回復の途上にあった。当時Castanea dentataが優先していた背景には、このような歴史的要因が関わっている可能性もある。
屋久島の原生林ですら、江戸時代に大規模な伐採が行なわれていた。現在の森林を理解するうえで、人間の関与の歴史を無視することはできないだろう。