トレードオフ再考

日本生態学会誌「エコゲノミクス」特集の総括論文原稿の修正をほぼ終了した。IさんやKさんからのコメントを考慮して、「トレードオフとは何か」というセクションを加筆した。字数にして約2000字。たいした分量ではないが、新たに文献を読み込む必要があったので、かなりの時間を費やした。
たとえば、除草剤抵抗性についての研究をレビューしたのだが、予想したほど新たな進展はないようだ。生態学者は生化学的・遺伝子的背景に対する切込みが弱いし、農学系の研究者は生態学的・進化学的切込みが弱い。結局、かなり古い文献を引用するにとどめた。

たとえばある種の除草剤は、光合成機能上重要なチラコイド膜タンパク質に結合する(Barro and Dyer 1988)。除草剤抵抗性の系統では、チラコイド膜タンパク質の高度に保存的なアミノ酸に置換が生じているため、除草剤がチラコイド膜タンパク質に結合しない。しかし一方で、除草剤抵抗性の系統は、除草剤が散布されない環境では、成長量が野生型より低く、光をめぐる競争において不利である。この「抵抗性と競争力のトレードオフ」(抵抗性のコストとも呼ばれる)は、特定の遺伝子の多面発現効果(pleitotropy)によるものである。最近、シロイヌナズナにおいて、病原体抵抗性のコストが確認されて注目を集めている(Tian et al. 2003)。この場合にも、抵抗性のコストは抵抗性遺伝子の多面発現効果である。このような、遺伝子の多面発現に起因する「トレードオフ」の証拠は、資源の有限性に起因するものではなく、感受性・抵抗性の分子機構に依存している。したがって、感受性・抵抗性の分子機構が異なる場合に一般化できるとは限らない。実際に、除草剤抵抗性のコストの有無・大小は植物間でさまざまであり、その背景も、多面発現によるものや、連鎖によるものなど、さまざまである(Bergelson and Purrington 1996)。

このようなレビューワークを、トレードオフに関連するいろいろなテーマについて進めるのは、勉強にはなるが、一方でフラストレーションがたまる。
最後の詰めの作業では、ちょっと進むために、大きなエネルギーが必要である。

Houle(1991)のモデルは、個々のQTLが表現型に与える効果は等しいと仮定している

と書いたが、彼はLandeのように、QTLの表現型効果に正規分布を仮定してはいなかったか。以前にかなり詳しくノートをとって読んだ論文だが、記憶が曖昧である。手元にコピーもpdfファイルもないので、九大に戻ってから確認しよう。
このようにして、バグのチェックをしていると、なかなか終わらない。しかし、この詰めを怠ると、あとで悔いることになる。
研究にせよ、論文書きにせよ、良い成果を残すには、執着心や粘着力といったものが、重要だと思う。