生物多様性変動の観測システム

地球環境の変化を継続的に観測するシステムは、物理・化学環境に関しては、かなり整備されている。しかし、生物多様性の変化を統一したプロトコルで観測するシステムは、いまだ整備されていない。九大新キャンパスや屋久島で実施している生物多様性モニタリングを通じて、このようなシステムを整備する必要性に気づかされた。フィールドサーバーの活用も、そのような問題意識から着想したことである。
DIVERSITAS第一回国際会議で聞いた講演の中で、「生物多様性変動の観測システム」を明確な目標として掲げた、壮大なプロジェクトが進んでいることを知った。それは、アフリカ生物多様性モニタリング・トランセクト解析(BIOTA-Africa:BIOdiversity monitoring Transect Analysis in Africa)計画である。
アフリカ全体を視野に入れながら、アフリカ大陸の西部・東部・南部に1000kmをこえるトランセクトを設定し、1km×1kmの調査区を多数設置して、物理化学環境と生物多様性の両方の変化を統合的にモニタリングするシステムが確立されつつある。1km×1kmの調査区は、100m×100mのグリッドに区切られており、100m×100mのグリッド内には、さらに小スケールでの変化を観測するための、階層的なグリッドが設定されている(もちろん、小スケールのグリッドは100m×100mのグリッド全体をカバーしてはいない)。
このシステムは、私が考えていたことにかなり近い。また、リモートセンシングだけでなく、地上写真を積極的に活用していることも、私の着想とほぼ一致する。
日光白根山シラネアオイ群落や、大台ケ原のトウヒ林は、シカの摂食によって劇的な変化をとげた。これらの場所については、幸い、過去の写真が残っている。そのため、同じアングルでとられた過去と現在の写真と比較することで、その変化を疑問の余地なく示すことができる。これらの写真を見れば、10年〜20年という短い時間の間に、かくも大きな変化が起きているのかと驚かされる。これらの写真は、シカの管理が必要だという合意をひろげるうえでも、非常に強力な証拠になっている。
このように、画像の説得力と情報量は圧倒的だ。生物多様性モニタリングでは、画像情報の活用が欠かせない。フィールドサーバーの観測ネットワークは、この点で非常に有望だ。
BIOTA-Africaでは、地上写真が積極的に活用されており、数十年前に撮られた植生の写真を収集し、同じアングルで撮られた現在の写真との比較を積極的に進めているようだ。講演では、何組もの写真を使って、ほらこの木が枯れているとか、ここに新しい木が生えたといった変化を紹介してくれた。これらの写真から、生存率や新規参入率を求め、個体群統計学的な解析をしているそうだ。植生がまばらで、見通しが良いアフリカのサバンナには、この方法はきわめて有効だ。
個体レベルの追跡の例として、有名なウェルウェッチアの写真を見せてくれた。ウェルウェッチアが2株並んだ写真は、植物学の教科書にしばしば使われているが、この2株はまだ生きている。同じアングルで写真を撮影してみると、長命な葉(実は子葉)の多くも、まだ昔のままだ。もちろん一部には葉の入れ替わりがある。このような、個体を対象としたモニタリングには、写真が強力な武器になる。
過去の写真を組織的に収集し、同じアングルで同じ場所を撮影するというプロジェクトは、とても有望だと思った。
このようなプロジェクトには、科学者以外でも参加できる。むしろ、科学者以外の有志によるボランティアのネットワークが、強力な推進役になれるだろう。生物多様性モニタリングでは、このようなボランタリー・ネットワークをひろげることが重要だ。
BIOTA-Africa計画は、この課題にも、しっかり取り組んでいるようだ。土地の所有者の協力を得るという必要性もあったに違いないが、よく組織された計画だと思う。
日本ではすでに、さまざまなボランタリー・ネットワークがひろがっている。現在進行中の、植物レッドデータブック見直しのための調査には、400人をこえる有志の調査員が関わっている。野鳥の会では、各地で渡り鳥のカウントを続けている、アサギマダラの渡りを調査しているネットワークもある。おそらく、生物多様性変動を観測する市民のネットワークは、世界のどの国よりも発達しているのではないだろうか。しかし、残念ながらこれらのネットワークをつなぐハブが弱く、そのため、モニタリングの成果が政策に生かされていない。
市民のネットワークから得られたデータを解析して、市民にフィードバックするとともに、行政に対して政策を提言し、市民の活動を生かしていくことは、これからの科学者の重要な役割だろう。